第3話 並行世界【1】
「おかえり。二人ともちゃんと帰った?」
「帰した帰した。大丈夫。……大丈夫だけど、なんか二人の食生活が心配だわ。今度なにか作りに行ってあげようかな〜」
「あー、それはいいかもね」
「ラミレス〜、クッキー焼きあがってるよ〜」
「はーい」
アーモンド、チョコチップ、抹茶、紅茶、コーヒー。
普通のバタークッキー以外にも、数種類作ってそれの詰め合わせを作る。
適当なところで終わらせて、両親とともに遅めの夕食。
「ご飯食べたら先にお風呂入って来たら?」
「袋詰めもう少しで終わるから父さんたち先に入っていいよ」
「手伝おうか?」
「んーん、大丈夫」
「そういえばもうすぐラミレス誕生日よね。プレゼント考えておきなさーい? 母さんのおすすめはヴィナティキ産のワイン!」
「あー、ラミレスもついにお酒の飲める年齢なんだね〜。家族みんなでお酒を飲み交わすなんて素敵だね」
「よね! あたしの夢が一つ叶うわ〜! あとはラミレスが可愛いお嫁さんを連れてきて、孫の顔が見れたら死んでも良い」
「え、じゃあ母さんが死ぬまでは結婚はやめようかな……」
「やめてよ冗談よ!?」
食事の後片付けは父にお願いし、母は先にお風呂。
ラミレスは店の厨房に戻ってラッピング作業の続き。
ついでにケーキでも作ろうか、と考える。
いや、そういえば母は朝、マカロンはどうだとか言っていた。
多分母が食べたいんだろう。
「マカロンか。材料あるかな? お、結構残ってる。いけそう」
クッキーとほぼ同じ味にはなるが、他の材料も結構残っていた。
少し遅くなるがまあいいか、と今度はマカロン作りをおっ始める。
仕方ない、だって楽しいんだもの。
メレンゲを作って、生地を作って、味ごとに分けて……。
出来上がる頃にはクッキーのラッピングは終わっているが、日付も変わっていた。
これはやばい。
夢中になり過ぎた。
「ふぁ……。……ラッピングは明日かな?」
学校は休みだが寝坊は出来ない。
昼寝くらいはさせてもらおう。
しかし、厨房にいて粉まみれの上汗っぽい。
ので、お風呂は入りたい。
両親はもう寝ていると思うので、できるだけ音を立てずに浴室へ向かう。
脱衣所でぽいぽい服を脱いで、バスタオルを用意する。
しかし下着は部屋だ。
まあ、いいか。
親は寝てるだろうし、はしたないけど全裸で部屋に戻ろう。
がら。
扉を開ける。
「?」
足元から天井へ、光が一瞬登っていったような?
ひた、と浴室のタイルに足を付けた。
付けたはずだがなんだかいつもの床とは違う。
いやいや、違うってなんだ?
ここは自宅……。
「え?」
顔を上げると、薄いガラスの中にいる。
ガラスの外には見知らぬ青髪の青年が思い切り顔を背けたところ。
漫画やアニメでありそうな画面やキーボードの埋まったカウンター。
壁にはもっと複雑なよく分からないデータの映ったモニター。
そのカウンターの前には毛先が紫になっている紺髪の超美形男。
横には眼鏡をかけた白髪の子供。
そして、顔を背けた青年の横には父とシャオレイ。
(え? 父さんは分かるけど、なんでシャオレイがうちに? しかもシャオレイは髪が白い。染めたのか?)
父とシャオレイもゆっくり顔を背ける。
「……え? なに……どう……」
どういう事なのだろう?
「……おい、ギベイン。なんで全裸なんだよ?」
「知らなーい。中身だけ成功したんじゃない? これは想定していなかったね〜」
「そうだな、想定外だな。まあ、いいか。おい、お前、ラミレスで間違いないか?」
「……………………。うわあああああ!?」
カウンター状のパソコン?前にいた二人に指摘されてようやく自分が全裸なのに気が付いた。
いくら男しかいない空間だとしてもこれはない。
しゃがみこんで、彼らに背を向ける。
いやいやいや、意味がわからない。
どうしてお風呂に入ろうとしたのに、自分は筒状のガラスの中に居るんだ?
父はともかくシャオレイや見知らぬ青年たちが?
頭の中は大混乱だ。
「なに!? なにこれ!? どういうこと!?」
「はあ? ……いや、俺のことを知らねー世界のラミレスって事か? というか、お前ラミレスで間違いないんだよな?」
「え、いやあの今それどころじゃないんですけどあんた誰!?」
「俺の質問が先だ」
……凄まじい眼力。
しゃがみ込んだラミレスは、近付いてきた青年に睨んで見下ろされて少し冷静になる。
「…………そ、そうです……ラミレス・イオです……」
「……マジか。……こんな事あんのか……」
なんなんだ?
腕組んで不機嫌そうな顔をする美青年。
ついでに声もカッコいい。
「……出ろ」
「こんな格好で!? いやいや、ちょっと待ってここどこ!? 俺お風呂入ろうと思ってたんだけど!?」
振り返れば後ろは壁。
筒状のガラスの中。
そこにあるはずの脱衣所への扉は消えている。
全裸の状態で歩けとか、お笑い芸人じゃないんだから。
そしてやっぱりこちらの質問はスルー。
舌打ちしたイケメンはカウンターパソコン?の横の扉を開いて、丈の長い白衣を取り出した。
「とりあえずこれでも着てろ」
「あ、ありがとう?」
筒状のガラスは扉がちゃんとあったらしい。
イケメンが差し出した白衣は、突然開いた扉から放り込まれる。
彼らに背を向けたまま白衣を纏う。
裸足のまま、その筒状のガラスから出ると父と青い髪の青年がようやくラミレスの方を見てホッと息を吐く。
こちらも同じ気分だが、混乱と疑念は一向に晴れない。
なにがどうなっているのか。
「と、っ………………?」
父に事情を、と思いたつがなんだろう?
普段はしていない眼鏡をかけている。
それに見慣れない服装。
まるで軍服のような……。
ドッキリか?
しかし今日、こんな手の込んだドッキリを仕掛けられる意味がわからない。
それに未だにシャオレイは顔を背けたまま……。
彼も見慣れない、父と似たような白い軍服のようなものを着ている。
青い髪の子と態度のでかいイケメンは私服のようだが……。
なにかの施設、と言われれば施設っぽい。
しかし浴室がなぜこんな軍事施設っぽいところに繋がっているのか。
カウンター状のパソコンのような機器類も作り物ではなく本物っぽいし。
なんだここは、近未来のSFの世界か?
いやいや、そんな馬鹿な?
「……………………」
「あ、シャオレイさん!」
「シャオレイ!」
どこから突っ込めばいいのか、と思案していたところに、シャオレイが背を向けたまま扉の前に立つ。
自動ドアだったその扉からラミレスを一切見ずに出て行くシャオレイ。
彼がなんで父と一緒なのか分からない。
まだ会わせた事も、彼のことを話した事もない。
いや、話はしたか?
仲良くなりたいと思う留学生がいる、的な話はしたかもしれない。
扉が閉まると、行き場のなくなった手を下ろす青髪の子。
「ほっとけよ、めんどくせー」
「でも、ザード……!」
「個人的感傷にいちいち構ってたらキリがねぇんだよ。それより、どうするんだ? 一応ちゃんと並行世界のラミレスは連れて来たぜ。後の説得はテメェの仕事だろう、アベルト」
紺髪のイケメンはザード。
青髪の、猫目の子はアベルト。
見知らぬ青年たちの名前はわかったが未だに状況は掴めない。
(並行世界……?)
パラレルワールドの事だろうか?
いや、まさか。
「…………す、すみません、えっと、俺はアベルト・ザグレブといいます。……分かり、ますか?」
「いや、知らない。あっちのイケメンくんも、ごめん、わかんないや。父さん……だよね? なにこれ、ドッキリ? どーゆー設定のドッキリ? あは、は……なんか軍服っぽい服の父さんも似合っててカッコいーけど……家くり抜くとかやり過ぎじゃない?」
「! ……ご、存じ、なのですか……!?」
「? え? なに言ってるの……?」
そしてなんで敬語?
「!? え、スヴィーリオさんってラミレスさんのお父さんなんですか!?」
「はあ? マジかよそんな話初めて聞いたぞ? ……まさかロイヤルナイトだから、っつーのは建前……」
「……………………」
「? え? え?」
苦い顔のまま俯く父。
なぜ?
なにが?
分からない。
父はなんでこんな辛そうな顔をする?
「父さん?」
「…………っ、……。……申し訳ございません……」
「え、えー! スヴィーリオさんまでー!」
深々と頭を下げて、先ほどのシャオレイと同じように自動ドアから出て行ってしまう。
猛烈な早歩きで。
「な、なんなの? ええ? わ、訳わかんないんだけど……こ、これ誰得のドッキリ?」
「ごめんなさい! これドッキリじゃないんです!」
「え? ええ? いやいや?」
「説明はします! ……しますけど、でも…………お願いします、どうか協力してください! この世界を守る為に、貴方の力がどうしても必要なんです!」
「え? え?」
演技だとしたら迫真だと思う。
頭を思い切り下げられて、それから必死な眼差しの訴え。
思わず後ずさる。
事態が一切飲み込めない。
辺りを見回しても、ザードという青年は冷め切った顔をしているしギベインという少年はニコニコ笑うだけ。
また頭を下げたアベルトという青年。
そんな、説明もなしに突然協力して欲しいなんて──。
「と、とりあえず説明を先にしてくれるかな? 俺に出来る事なら、協力はするからさ?」
ね?
とアベルトの肩を叩く。
とりあえず悪い子には見えない。
ザードという子は少し、いやかなり、怖い感じだか。
ラミレスがそう言うとアベルトは顔を上げた。
笑顔で、嬉しそうで。
「全裸に白衣が偉そうに」
「う!」
「白衣はザードのじゃない。着てるとこ見た事ないけど」
「ほんとだよな、なんで買ったのか思い出せねぇ。テメェにやるわ、変態」
「理不尽!」
「あ、なにか着替えを持って来ますね! えーっと、サイズ……シャオレイさんと同じくらい? でもシャオレイさんは貸してくれなさそうだし〜……俺のでも大丈夫、かな?」
「下着どうすんだよ」
「ああ、そっか! どうしよう!?」
「俺のでよければ新品あるぜ。一枚一万で手を打つ」
「ザードマジで悪魔じゃねーの!?」
「ボクもパンツはいてるよ!」
「当たり前だよ!」
「…………」
これは別な意味で大混乱だな。
少し頭が冷静さを取り戻してくる。
人間、混乱しまくる誰かを見ると落ち着くものだ。
「じゃあモンブラン。もしくはチョコレートケーキ。ホールで二個」
「くううぅ……! ケーキ類は苦手だって言ってるのに〜! あとどう考えても材料足りないってぇー!」
「なになら作れるんだよ」
「……ドライフルーツのフルーツポンチなら……」
「それフルーツポンチって言わねーよ! ケーキ! 二個! ホールで!」
「苦手なんだってば!」
「お、俺の下着一枚の為にそこまでしなくていいって……! あ、材料があるなら俺が作るから!」
ますます状況がわけわからなくなってきた。
ラミレスが「作る」と言うと半泣きになっていたアベルトが「男のラミレスさんもお菓子得意なんだ!?」と嬉しそうな顔で叫ぶ。
どう言う意味だ、男のラミレスさんって。
ラミレスは最初から男だ。
確かに女子力的なものは高いかもしれないけれど。
「チョコレートケーキ。ホールで二個! それと新品の下着一枚と交換してやる!」
「わ、分かった」
なんて理不尽な……。
とはいえパンツもないのはつらい。
状況も掴めないのに、全裸に白衣のままはーー。
いや、待て。
というか、部屋に戻れば下着も財布もある。
一度部屋に、と思って振り返るが自分がいた場所は筒状のガラスの密室。
その奥は壁があるのみ。
改めて脱衣所の扉はどこへいった?
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