オッサンの真実⑧

「――大丈夫ですか?」


 上から降ってきたその言葉のおかげで、顔を上げることができた。涙は零れることなく、目の縁でとまる。私に声をかけてきたのは、赤いフレームのメガネをかけた、一人の女子高生だった。


「具合でも悪いんですか? 誰か呼びましょうか」


 心配そうに言う彼女の優しさが、心に染みていく。思わず笑みがこぼれて「大丈夫ですよ」と言った。


「だたの花粉症です……今日に限ってマスクを忘れてしまって」


 歳を重ねるごとに上手くなっていった嘘。もう何万回目かもわからないソレを言うと、「そうでしたか!」と、女の子の顔がどんどん赤くなっていった。ちょっと申し訳ない、と思ったが、彼女の顔はすぐに晴れやかなものへと変わる。


「もしよかったら、このマスク使ってください。私、予備持っているので」


 そう言って、彼女が差し出したのは袋に入った一つのマスクだった。

 本当は必要なかったけれど、「ありがとうございます」と言って、袋を受け取った。そのあと私はすぐに電車を降りた。


 本当に私が降りる駅は、もう一つ先だったのに。


 ひと駅前で降りたのは、本当に無意識だった。

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