8話 夢のドレス
少し髪型を変えただけでエマは随分と雰囲気が変わった。
放課後にはまたアンの熱血指導が入る予定だ。楽しみ楽しみ……。
「シャルロット! 何を考えているんだい」
エマの改造計画に思いを馳せていた俺に、王子がまた今日もまとわりついてくる。
ああ、どうやったら王子に嫌われることが出来るんだろう。
「こほん。王子、妙齢の女性を人前でそのように羽交い締めにしてはいけませんよ」
その時、やりたい放題のレオポルト王子を窘める声が聞こえた。
「ディーン」
誰だ? 赤い髪を短く刈り上げた、どこかワイルドな雰囲気のするイケメンだ。
『レオポルト王子のご学友ディーンです。伯爵家の生まれで王子の幼馴染みでもあります』
「へぇ」
イケメンにイケメンが足されて眩しい。溶ける。
「シャルロット、大丈夫?」
微笑みながらディーンが俺の手を取る。そうか、王子の幼馴染みということはシャルロットの幼馴染みでもあるのか。
「は、はい」
「駄目だよ、王子。ほら綺麗な髪が乱れてしまったじゃないか」
「すまない」
王子の手が俺の髪を梳く。前にディーン、後ろにレオポルトのイケメンサンドイッチだ。
「ではサロンに行きましょうか、王子」
「そうだな。さ、シャルロット」
「あ、私は用事があるので部屋に帰ります」
「そうか。寂しいな」
王子は悲しそうに眉を寄せた。
「王子、ディーン。それではごきげんよう……」
俺は曖昧に微笑みながら自分の部屋に戻った。
***
「こ、これ……本当にいいのですか」
「俺……わたくしのもう着ないものですから、かまいませんわ」
シャルロットの寝室にずらりと並ぶのは衣装室から運んだシャルロットの古着。シャルロットは着道楽で少しシミが出来ていたり、もう飽きたりしたらもうその服は着ない。
「ふふふ……少しサイズを直しておきました」
アンはまるでミシンのような正確さで、数々のドレスを手直ししてしまった。
さすが公爵令嬢付きのメイドさんである。なんかそれだけでは説明つかない不穏さがあるけど……つっこまないぞ!
サイズを直したのは別にシャルロットがデブなわけじゃなくてエマが細すぎるのと、お胸のサイズがね! シャルロットは豊満でらっしゃるから……。
「さ、着てみてちょうだい?」
「ええ」
エマはミントグリーンのドレスを手にすると、姿見の前でそっと当ててみた。
「エマ様、私もそれが一番似合うと思いますよ。ね? シャルロット様?」
「え、ええ……」
アンがそう同意を求めて来るけれども。やべぇ、ひらひらして綺麗だってこと以外俺には善し悪しは分からん。
とりあえず頷いておこう。
「では、お着替えをお手伝いしますね」
「はい」
アンがエマのぴっちりした飾りげのないドレスに手を伸ばす。
「ああっ!」
「どうしました、シャルロット様?」
「なんでもないですっ」
俺は慌てて窓辺に走り寄って外を眺めた。
いきなりここで着替えはじめるなんて……いや、ここには対外的には女性しか居ないから別に変わったことは起きてはいない。シャルロットの中身が男子高校生だということ以外は。
「シャルロット様?」
「あー、お庭がきれい。清々しい初夏の空ね!」
「お着替え終わりましたよ」
「あっそう」
そう言われた俺はくるりと振り返った。そして息を飲んだ。
「あ――」
「どうでしょう、どこか変ではないでしょうか」
エマが恥ずかしげにこちらを見ている。
「変なものですか」
「そ、そうですよね。シャルロット様のドレスですもの」
あ、そういうことが言いたかったわけではなくて……。ああエマがしょんぼりしてしまった。
「とても似合うわ」
「ありがとうございます」
そのドレスはフリルがいっぱいで、エマの細すぎる腕や首をうまく隠してくれていた。
淡いその色も、白い肌によく似合っている。
「これ、戴いて宜しいんですか」
「ええ。持って行って頂戴」
エマはそのドレスを抱きしめるように胸に引き寄せた。
「うれしい……」
喜ぶのはまだ早い。
「これは古着じゃなくて私からのプレゼントよ」
そうして差し出したのは超特急で仕上げた新品の制服だった。
「こ、これ……」
「あなたの制服、サイズも合ってないしボロボロじゃない。明日からはコレを着て登校して頂戴」
「いいのですか……?」
「ええ」
「ありがとうございます……!」
エマの瞳に涙が浮かんだ。……やっぱあんな制服はいやだったんだな。
「ところで、あなたも年頃の令嬢なのになぜあんなみずぼらしい制服やドレスばかり着ていたの?」
「みずぼらしい……あの、私の親族は年老いた祖母しかおりませんで、若い娘は清貧であれとの考え方なのです。ですから制服もドレスも母や祖母のものを……」
「なるほど……だけどアレはいただけないわ」
「ええ、私もこんなドレスに憧れていました」
そっと頬を染めるエマは女の子らしくて俺はちょっと守ってあげたくなりきゅんとしてしまった。
……へ? きゅん?
「シャルロット様?」
「はははは! 気にせず持って行って!」
「はい。では失礼いたします」
そうして立ち去ろうとしたエマの前に、アンが立ちふさがった。
「ドレスは人をやって届けさせますからお茶をどうぞ」
「あ……ええ」
そうだな、人が来たのにお茶の一つも出さない訳にはいかんよな。
アンは気が利くなぁ。
「どうぞ」
俺達の前に熱い紅茶が供される。
「失礼」
アンはエマの紅茶にドボドボとクリームを注いだ。そして角砂糖を三つも放り込む。
「どうぞ」
「えーと?」
エマと俺はアンのその奇妙な行動に首を傾げる。
「エマ様は痩せすぎですので」
なるほど。カロリーをもっと取れってことだ。
「ちゃんと食べてるんですの?」
「ええ……標準食は」
「「えっ」」
エマの答えに、俺もアンも同時に声をあげた。
「標準食だけ……?」
この学園では三食学生食堂で食事をとることになっている。
パンとサラダは基本でついて、その他はオプションなのだ。王子やシャルロットみたいな上位貴族の子弟には専属シェフもいて、取り巻きになると美味しいご飯が食べられる。
その基本でついてくるパンとサラダが標準食って言われてるんだけど……。
「それじゃ足りないでしょう」
「でもお祖母様が……」
「ああもう!」
またお祖母様か! お祖母様も考えてやれよ。歳頃の娘がボロを着てお腹を空かせているんだぞ!?
「アン、なんとかして。こんな痩せぎすをお友達には出来ないわ」
「ふふふ……お任せあれ」
アンはそう答えるとすすす……と下がっていった。
そしてしばらくすると……がががっがががっ、と扉の向こうから不穏な音がする。
なんの音!?
「できました!」
そしてギギイと扉が開いて、にっこり笑顔のアンが戻って来た。
手にした銀盆には馬鹿でかいグラスがあった。
「う……」
「なんですか、それ」
奇妙な匂いに俺は鼻を塞ぎ、エマは恐る恐るアンに問いかける。
謎のグラスの中身は黒いような濃い緑のようなドブのような沼のような……。
「これひとつで栄養満点! アンの特製シェイクです! 各種野菜にフルーツ、穀物、肉に魚、はちみつ、ハーブが配合されています!」
「うええええ」
思わず俺は吐きそうになったけど、なんとか堪えた。
「さぁ……エマ様……これでひどい顔色もクマもこけた頬もばっちり元通りになりますよ……」
「きゃああああ!」
「シャルロット様! エマ様を押さえて!」
「ひ……ひゃい!」
俺はアンの剣幕に怖くて泣きそうになりながらエマを押さえ込んだ。
「はい、あーーーーん♡」
「ああああっ」
こうしてエマは一週間毎日、アンの謎シェイクを飲まされ続けた。
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