冬の朝
矢野 碧
冬の朝
これは、遠い夏の記憶。
たんぽぽの綿毛がふわふわと目の前を通り過ぎる。
綿になったたんぽぽを子供みたいに蹴飛ばした彼は、構ってちゃんのいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべていた。
馬鹿みたいに笑って、若返ったようにはしゃぐ。そんな彼との時間が、私の宝物だった。
目が覚める。
もう季節は冬なのに、背中にはじっとりと汗をかいていた。
また、同じ夢を見てしまった。
幸せなのに、目覚めはいつも悪夢を見たときのような、あの夢を。
シャツがじっとりと背中に張り付くのが気持ち悪くて身体を起こすと、散らかった私の部屋が目に入る。
少し寒い冬のシャワーを浴びようと、私は替えの肌着と服を持って浴室へと向かう。
脱衣所と一緒にある洗面所には、まだ彼の歯ブラシが残っていて胸がざわつくけれど、見なかった振りをする。
こんなことを続けるくらいなら、早く捨ててしまえばいいのに。
「馬鹿だなぁ」
自嘲気味に笑って、汗の染み込んだパジャマとシャツを脱ぎ捨てるように洗濯カゴに投げ入れる。
洗面所の鏡に映る私の首筋には、もう紅い印は残っていなかった。
冬の朝 矢野 碧 @tori_leaves
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