〇新たなるステージ その1
長かったような短かったような春休みが終わり、ついに始業式がやってきた。この日、オレたちは1年間親しんだ教室を離れ、2年生として新たな教室へと移る。一見同じ椅子や机のはずだが、どことなく違った感覚を覚える。登校したオレたちを最初に待っていたのは、黒板に『表示』されたメッセージ。
『1年と同じ席について待つこと』
去年まで、黒板と呼ばれるものはチョークを使って教師が書き込むモノだった。
しかし目の前の黒板は、黒板であって黒板でない。
分かりやすく言えば大きなモニターが黒板の代わりを果たしていた。
新品同様の輝きを放っているところからすると、今年から導入されるものだろう。
オレの後で教室に着いた生徒も、黒板を見るなり驚いているようだった。ともかく指示通り、去年は定位置だった窓際の一番後ろの席に向かい、そこに腰を下ろした。
この後時間になれば、体育館で始業式が行われる。
それから担任の教師により2時間ほど本年度のスケジュールや必要事項などの説明を聞き、午前中に解散となる流れだ。
春休みが明けたばかりなこともあり、生徒たちはまだどこか気が抜けている様子。しばらく顔を合わせなかった友人たちは、連休中に何をしていたかなどの話で盛り上がっていた。
「よう」
携帯で適当にインターネットの情報を拾っていると、声を掛けられる。
クラスメイトの
「春休み中はあんまりグループの方に顔を出さなかったから、少し心配してたんだ」
明人がそう言った。確かに春休み中、オレはグループとの交流をほとんど持たなかった。
周辺の事情が忙しかったこともあって、疎かになってしまっていたというべきか。
「もちろん集まらなきゃならないなんてルールはないんだが、
グループ内の女子の気持ちを考え、明人はそう助言を送ってくれた。
「悪いな。これからまた、ちょくちょく顔を出すつもりだ」
「それならいいんだ。俺もおまえがいないと寂しいしな」
友達にそう言われると少しむず痒くなる。だけど悪い気はしないな。
長居するつもりはなかったのか、明人は軽く手を挙げて自分の席に戻っていく。
つくづく良い友人を持ったものだと思う。
ああやって、わざわざ優しくアドバイスを送ってくれるのだから。
その後は携帯を弄る気もなくなったので、クラスの声に耳を傾けることにした。
話題は春休みの内容から、新入生へと移っていく。
明日には入学式、1年生が入ってくることになるからな。
去年のオレたちDクラスは入学後の好待遇に浮かれてしまい足をすくわれたが、そうなってしまうのも無理はなかった。
入学直後に与えられたクラスポイントは1000ポイント。つまり現金10万円に等しい。生徒たちは毎月振り込まれると思い込んだ大金に舞い上がり、大勢が欲しいモノを次々に買い漁った。更に遅刻欠席は当たり前で、授業中の私語や居眠りも多発していた。
一方で真面目な生徒は自分のことだけに集中し、周囲を注意することすらなかった。
注意しなかった理由は幾つかあるだろうが、学校側が問題児たちを放置していたことが大きいと言えるだろう。教師も注意しないのだから、生徒がする必要はない、と。
だが、それは学校側の最初の『特別試験』でもあったと言える。
小学校や中学校の義務教育とは違うことに気付けるかどうか。
高校生として、自主的に当たり前のことが出来るかどうかを試していた。
そして見事Dクラスは、その特別試験で最低評価を獲得。
翌月の5月1日にはクラスポイントが0となり、振り込み額はめでたく0に急降下だ。
それからの1年間Dクラスは試練の連続だったが、一度どん底に落ちたこともあって、バラバラだったクラスメイトたちはゆっくりと成長し団結力を身に着けた。一時はCクラスにも上がることが出来たが、学年末試験で惜しくもDクラスに逆戻りしてしまうことになった。しかしクラスポイントは年間を通し275ポイントまで回復。Aクラスとの差はまだまだ大きいが、2年生となったこの1年間で、どこまでクラスポイントを伸ばせるかが、上のクラスを目指す上で重要になってくるだろう。
「おっはよ~」
元気な女子の声が聞こえてくる。その声の直後には既に教室にいた女子たちも次々と反応し集まっていく。このクラスの女子を束ねる
オレがそんな女子のリーダーである恵と付き合いだしたのは、つい先日のこと。
その事実を今現在知っている者は、当人である恵を於て他にはいない。
聞こえてくる雑談と共に回想していると、今度は悲鳴にも似た驚きの声が教室中を駆け巡った。何事かと思い顔を上げると、その驚きの正体にすぐ気がつく。
静かに登校してきた、ある女子生徒の姿を見た至極当然の反応とでも言うべきか。
一身に注目を集めていた女子生徒は、その驚きに応えることなく自分の席、つまりオレの隣の席へと向かう。
長く綺麗だった黒髪は姿を消し、肩口より短くなっている。
自身の兄である
その事実を知るからこそオレも驚かないでいられるが、もしこの瞬間が初めての目撃だったなら、周囲と同じような反応を見せていたことだろう。
「す、
そう慌てて叫ぶのは、
友人との談笑を切り上げこちらに駆けてくる。
そしてもう1人、堀北の変化に戸惑いを見せる少女も同様に近づいてきた。
「堀北さん、思い切ったイメチェン……だね。びっくりしたよ」
「髪を切ったことがそんなに不思議かしら」
須藤だけじゃなく、視線を注ぐ多くの生徒たちにも、堀北は強めの一瞥をくれる。
「い、いや不思議っつーか驚いただけだけどよ……。すげえイメージ変わるのな髪って……。その、全然似合ってないわけじゃないっつーか。短い髪もいいけどよ。な、なあ櫛田?」
インパクトは強かったものの、須藤にしてみれば髪の長さなど些細なこと。
むしろ好きな相手の新しいイメージをすんなりと受け入れ好感触を示した。
しかし同調を求められた櫛田は、困惑した様子を隠せない。
「そう、だね。うん。似合ってると思うよ。だけど……何かあったの?」
詳しく感想を聞かれることを嫌ったのか、切った理由を探る方向にシフトする。
「何かってなんだよ、何かって」
堀北が答える前に食い気味に須藤が問う。
「たとえば……失恋、とか」
「ししし、失恋!?」
「強いて言うなら決意表明かしら」
失恋のワードを払拭するように、堀北は間髪入れず答えた。
「そ、そうだよな。失恋なんかあるわけないよなぁ?」
そう言っている割に須藤はものすごい冷や汗をかいているようだが。
「2年生になる今年はDクラスを上のクラスに上げる戦いをする。そのために、自分に出来ることをしておきたかったの」
「そうなんだ。じゃあ……私は逆に髪を伸ばしてみちゃおうかなぁ」
なんて可愛く言ってはいるが、何となく櫛田の真意が伝わってくる。
嫌いな人間と同じような髪の長さになったことを、不満に感じているのだ。伸ばすことを本気に捉えた者はいなかっただろうが、もしかしたら本当に実行するかもしれない。言葉の内側に秘められた荒れ狂う感情を想像せずにはいられなかった。
「満足したら、自分の席に戻ってくれるかしら?」
髪の長い短いくらいで、いちいち注目して欲しくないと堀北は言葉にする。
周囲に強烈なインパクトを与えた堀北は、自分が注目されることがやや不満だったようだ。
不機嫌そうにしていたが、幸いにもすぐにチャイムが鳴り雑談は強制終了した。
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