エターナル・プレゼント

月川 ふ黒ウ

第一話 翔和四〇年、晩秋 

 翔和しょうわ四〇年、晩秋。

 地球は二度目の戦火に包まれていた。


 座間市は昨日から冷たい小雨が降り続き、冬の到来が間近に迫っていることを教えていた。

 銀河に名を轟かせる人型工房、出雲機工社の座間工房前では、二台の大型トラックとそれを守護するように立つ一体の鋼鉄の像がそぼ濡れていた。

 漆黒を下地に、赤で縁取りされたこの像は、後ろ腰に二抱えもある大筒を、右手に三つ叉の槍を携え、少し前屈みの姿勢で立ち続けているその姿は、合戦を前に瞑想する侍を連想させた。

 トラックは二台ともアイドリング状態の細かい振動に震えている。一台に運転手が乗っているので、もう一台の運転手を待っているのだろうか。

 工房から誰か出てきた。

 鳶色のツナギをまとい、太ももに届こうかという黒髪を惜しげもなく雨露に晒し、無意識のうちにその艶を一層増している。出雲機工社の本社社長令嬢御影セレネだ。小走りに門をくぐり、涼やかにトラックの運転手に声をかける。


千場せんばさんおはようございます。お待たせしました」


 おう、と運転席から返事があった。微笑みを返してセレネは仁王像に向き直る。全高が一丈もあるため、首を大きく上げなければ彼の、猛禽を摸した精悍な顔を見ることはできない。


「今日もよろしくね、カグツチ」


 像の銘はカグツチ。出雲機工社が惑星開発を主目的として開発した人型―特殊環境用人型機巧式作業服として生み出され、いまはセレネの愛機だ。

 カグツチの付き合いは半年ほどだが、相性はばっちりだ。融通も利くし、何より、


「うん。水も滴るいい男、だね」


 かっこいいのだ。

 そんなことだからお嫁のもらい手が無いのです、と叱る厳格な祖母の顔が脳裏を過ぎるが、セレネはめげない。なぜなら、早ければ年内にもこの戦争は終わる。そうすれば念願だった火星開発に参加できるのだから。

「じゃあ行きましょうか。カグツチ、お願い」


 カグツチに着装姿勢を取ってもらう。と、自分の後ろ腰に下げていた鉢金がカグツチへの通信が入ったことを告げる。鉢金を被ると頬当ての先端からマイクが伸び、同時に通信が繋がった。発信先は厚木の野戦病院だった。


「はい。セレネです。ええ。いま工房を出るところです」

 通話を行っている間にもカグツチがゆっくりと上体を反らしていく。腹部と腰を覆う装甲が横に割れ、上に持ち上がる。次いで腰の装甲が縦に割れるのと前後して両手を地面についたブリッジの姿勢を取る。

 剥き出しとなった内部は白の緩衝材が敷き詰められ、持ち上がった胸部装甲の裏には文字入力用のキーボードが備え付けられている。


「……そ、う、ですね。あと一時間もあれば到着できると思います。……え、大丈夫ですよぉ。この辺りには北米兵は来ていませんし、人型も一緒に行きますから」


 明るく話すセレネの声には不思議な説得力がある。


「ええ。あたしとカグツチは無敵です。ですから、心配なさらずに待っていてください」


 通信先も納得したようだ。


「はい。では出雲機工社特製の医療器械十基、一時間後に必ずお届けします」


 静かに通信を終えると、セレネはカグツチに向き直る。


「お待たせ。ちょっと濡れてるけど、いいよね」


 カグツチは少し嫌がったが、主人を拒絶することはしなかった。ありがと、と微笑んでセレネは腰に下げていた手ぬぐいでブーツの汚れを拭き取り、ベッドに乗るようにカグツチの上に背中を乗せる。


「よいしょ、っと」


 足をそれぞれカグツチの太ももの付け根に乗せ、そのまま膝まで埋めていく。


「はい、いいよ」


 合図を受けてカグツチは逸らしていた上体を起こしていく。セレネは両手を胸の前で交差させ、カグツチが覆い被さってくるのを待った。まず肩が包まれ、腹部のハッチが閉じられるとしっかりとロックされる。


「舞踏融合、開始」


 鉢金からバイザーが下り、目を完全に覆い、網膜識別の青い光が照射される。確認が終わるとすぐに網膜に直接外部の映像が投影される。よし、とつぶやいてセレネは少し上にある袖口に肘まで手を通して何度か手を握ったり開いたりする。細かな指の動きもカグツチは追動する。

 これで着装は終了した。カグツチをはじめとする人型は名の通り着て操縦するのだ。


「お待たせしました。あたしが先行しますから、千場さんははぐれないように付いてきてください」


 無人の一台は電波による無人運転となる。親機を運転する千場は、出雲機工社で働くベテラン運転手だ。面倒見が良く、セレネも幼い頃から世話になっている。今日の仕事が終われば、彼の家族が疎開している青森支社へ異動することになっている。


「良かったですね、千場さん」


 ああ、と感慨深げに千場は頷く。

 セレネは一度振り返り、工房を見上げた。赤煉瓦の壁が雨露に濡れてうっすらと輝いていた。


「行ってきます」


 一歩踏み出す。カグツチがそれを精確に追動し、ずしゅん、と見た目を裏切る軽い足音をたてた。水たまりが飛沫をあげ、漆黒の足に泥の斑点を付けた。


「無事に終わりますように」


 祈らずにはいられなかった。

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