景色が色を失う時

 絶望というのはこういうものなのかと、そんな風に思ったことが何度かある。


 ***


 それは多分、人の力ではどうしようもない、どうにも抗えないものを突きつけられた時に。


 *


 景色が色を失うというのは、本当なんだなと思った。

 何もかもが虚ろになる。奥行きを無くす。

 全てから切り離されてしまった、心許ない感覚。

 静かなんじゃなくて、何も聞こえない。

 何処までいこうと何も無くなってしまったようで、ポッカリとくうになる。


 *


 ただひたすらに怖かった。問答無用に。

 いたたまれなくて逃げ出したいのに、逃げる空間すら見つからなくて。

 息が苦しい。声が出てこない。

 自分を壊したくなるのに、それすらできない。わたしがなんて遠い。


 *


 虚勢すら張れない。手も足も自分のものでない様に動かない。動かせない。

 見ているのに、聞いているのに、何も、何も、何も……。


 指先にかかるものすらなく、何処までも何処までも墜ちていくような、いったい何処までいけば終わるの?


 *


 わたしは、あの時間を思い出すと、怖くて今でも震える。

 ゴマ粒ほどになった、今にも消えそうなのに消えることすら出来ない、わたしという存在の無力さ。


 *


 圧倒的なものを突きつけられた時にこそ、その人本来の姿がわかるのだとしたら、わたしは、あまりにも卑小でカラッポだった。


 それを思い知ってしまった。あの時に。あの時にも。


 *


 それでもいつかまた、景色が色を失う時に、わたしは少しはマシになれないだろうかと。

 そんなことを考える。

 考えずにはいられない。


 泣きわめいても世を恨んでも、時よりも、時よりも、ほんの少しでもいいから。


 弱いなりに立ち向かえないなりに、みっともない姿を晒すしかなくても、せめてそのギリギリまででも。見栄でもカラ元気でもかまわない。だから。


 ***


 大切なひとを失うとわかった時に、わたしは心の半分を閉じた。そうしないと弱い心しか持たないわたしは耐えられなかった。

 それでも景色は色を無くした。


 *


 逝ったひと達は、ちゃんとに向かい合った。

 それが、どれほど尊敬すべきことだったかと歳を重ねていくごとに、自らが病んでみて、つくづく思い知る。


 *


 当たり前に生きること。

 当たり前に死んでいくこと。

 それが、どれだけ難しいことかと改めて思う。


 誰もが独りで向かい合わないといけない、その瞬間ときに、勇気を……と思う。泣きそうになりながらも願う。


 わたしという脆弱ぜいじゃくな魂に、耐えうる力をください、とずっと祈りつづけている。

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