第32話「号泣と殴打」

【大門寺トオルの告白⑯】


「ジョルジェットさんは、創世神様に仕える聖女様ですよね。お仕事は大変でしょう?」


「ええ……とてもね……聖女って、大変な仕事なんです……」


 俺のいたわりを聞き……

 少しは元気が出ると思いきや、何と!

 逆に一気にトーンダウン!

 急に元気がなくなったジョルジェットさん。

 

 ああ!

 何なんだ!?

 こんなのあり?

 

 でも!

 こ、これは……この状況は非常にまずい!


 と、なれば!

 ここは『聞き役』に徹する。

 それが長年愛の伝道師として活動した俺の経験則。

 

 なので俺はいつもの通り、聞き役を申し出る。

 とても、小さな声で。

 

 後から考えると、これが更にまずかったのかもしれない。

 俺がまるで、ジョルジエットさんと内緒話をしているように聞こえたのかも……


「ジョルジェットさん、仕事のストレスが溜まっているのであれば、遠慮なく愚痴って下さい」


「え?」


「他の騎士達には……絶対に他言しないよう、俺から堅く口止めしておきます。だから構わないですよ」


「……優しいのですね、クリス様」


「ははっ、愚痴聞き役なら、任せて下さい」


 たま~に、さえないおっさんがもてたりするケースがある。

 そのような人は、『聞き役』に徹する事が出来る人じゃないかと俺は見ている。

 

 更に上手な人は、その場の空気に合った、最高の台詞セリフが吐ける人であろう。

 そんな『ジゴロ』には、深く悩んでいる女性なんて……イチコロだ。


 しかしここで俺は、必要以上に囁いたりしない。

 何せ相手はアランの『彼女』なのである。

 もっぱら聞き役に徹し、専守防衛作戦だ。


 ジョルジェットさんは、ホッとした表情をしている。


「だったらお言葉に甘えようかしら。……最初からお話しして構わないですか?」


「どうぞ、どうぞ」


 話が長くなりそうだが、俺は相槌を打った。

 それに聖女様の『裏事情』を知るのは大いにメリットがある。

 これから同じ聖女のリンちゃんと付き合う上でとっても大切だ。


 それにしても、ジョルジェットさんの目は真剣だ。

 結構、悩みは深いらしい。


「私が創世神教会に入ったのは、崇高すうこうこころざしがあったからです」


「そうでしょうね」


「聖女となり、ひとりでも多く命を救いたい! 怪我けがやまいに苦しむ人を癒したい。その一念でした」


「分かりますよ、素晴らしい志ですね」


「ありがとうございます。日々の病気の治療は確かに大変ですが、戦場よりはまだましです」


「戦場? もしかして?」


「はい! 騎士であるクリス様は当然ご存じでしょうが、今は殆ど他国との戦争がありません。代わりに果てしない魔物との戦いが続きますよね」


 既に述べた通り、戦争無き今の時代、騎士の仕事は殆どが人外たる魔物との戦いである。

 ゴブリンやオークなどは勿論、許されざる不死者アンデッドとの戦いは寒気が止まらないくらい怖ろしい。

 

 不死者アンデッドのまき散らす凄まじい腐臭、

 そして腐りかけた外見が、もしも目の前に晒されたら……

 戦慣いくさなれしている俺だって、

 「おわぁ! 勘弁してくれ!」と、大声で叫びそうになる。


 そんな奴らと戦う、王国の騎士や従士など、王国軍が出兵する場合……

 さっきも言ったが……

 回復役は、創世神教会の聖女様達が受け持つ。

 

 それに異世界の看護師、創世神の聖女様=治癒士の方々は、

 怪我の手当てにとどまらず、動けない兵隊の『下の世話』までするらしい。

 

 とっても大変だと思った。

 看護師同様、お金じゃない。

 この仕事が好きでなくては、絶対に出来ないと思った。

 本当に頭が下がる。

 

 もしかして……

 リンちゃんが聖女様に転生したのも、その縁?


「お疲れ様です!」


 俺は、思わず声に出して言う。

 心からの賛辞である。


 ジョルジェットさんは、俺の言葉を聞いて力なく笑う。


「はぁ……傷の惨さを見るのと、伴う治療、そして様々なお世話など、聖女として仕事は何とかこなしていますが……」


 大きく溜息を吐いたジョルジェットさんは、途中まで話して……口ごもる。


「瀕死となった方の……命を助けられなかった時のむなしさ……そして、亡くなられた方のご家族や身内の方から、お前みたいな能無しは、聖女をやめろ! っという罵倒。そんな時は……どこか知らない世界へ行ってしまいたくなります」


 え?

 罵倒?

 それって酷いな。

 

 聖女様だって一生懸命やっているのに。

 彼女達は、素晴らしい癒しの力を持つけれど、けして万能ではない。

 

 愛する家族が亡くなって、辛い気持ちは、確かに分かるけど……

 いくらなんでも、全てを聖女様のせいにして、罵倒するなんて酷い。

 

 ジョルジェットさんは結構、煮詰まっている?

 でもアランの脇で、俺が必要以上に慰めちゃ、まずいかもしれない。


 その時、視線を感じた。

 リンちゃんが、潤んだ瞳で俺を見つめている。


 そうだ、こんな事を考えている場合ではない。

 落ち込んだジョルジェットさんを、俺がしっかり力付けないと!


「元気を出して下さい。ジョルジェットさんは、一生懸命、頑張っているじゃあないですか!」


「…………」


 俺の励ましを聞いても、ジョルジェットさんは無言だ。

 

 そうか、まだまだ励ましが足りない!

 もっと、もっと!

 熱く力付けないと、駄目だ! 


「人間は創世神様ではありません! いつも完全になんて絶対に無理です。全てが常に上手く行くなんてありえません!」


「え?」


 俺の物言いを聞き、驚く、ジョルジェットさん。

 

 よし!

 気持ちをこめた俺の言葉が、少しは彼女の心へ届いたみたいだ。

 どんどん、行こう。


「治癒を担う聖女様は素晴らしい仕事だし、ジョルジェットさんは、常にベストを尽くしています!」


「は、はい! 私なりに精一杯やっています」


「ならば! 胸を張って良いのです。酷い事を言った人も、後できっと分かってくれますよ」


「クリス様! あ、ありがとうございますっ!」


「はい! 前向きに行きましょう! もし聖女様が居なければ、生死を彷徨う大怪我をされた方は、絶対に助かりません」


 おお、ジョルジェットさん、少し元気が出たみたい!

 と、思ったら!


「あ、ありがとうございます。私……私……うわあああああん!!!」


 ああっ!

 号泣って!

 まじで!?


 その瞬間!


 がっつん!


「がは!」


 顔に激痛が走り、俺は壁まで吹っ飛ぶ。


 ジョルジェットさんを力付ける俺を、本気で殴ったのは……

 鬼のような形相で、激怒したアランであったのだ。

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