第31話「お菓子で和解」

【相坂リンの告白⑯】


 ジェロームさん……

 今迄と、どこかが違う。


 否!

 全く違う。 

 360度!

 あれ、それだと元に戻っちゃうから、180度変わってしまった。


 ヴァレンタイン王国では、建国の英雄バートクリード・ヴァレンタインに付き従った円卓騎士の子孫。

 累々と続く武家貴族の名門カルパンティエ公爵家の御曹司、

 ジェローム・カルパンティエさん。 

 

 王都騎士隊では飛び抜けた硬派で武骨度ナンバーワンだと聞いた。

 独身シスター達の噂の中心人物。

 まさに『おとこ』という文字がぴったりの方。


 それが、それが、何と!

 今、私の目の前で!

 大好きなお菓子の話題で!

 シスターシュザンヌへ、柔らな笑みを受かべ、活き活きして話しかけてる。

  

 確かに最初はそうだった。

 ジェロームさんのファーストインプレッションは、

 噂通りの方、プラス大の口下手だった。

 女子への気遣いのなさも大きな減点だった。

 対面席のシスターシュザンヌが可哀そうだった。


 うん!

 気付いたかしら?

 全部過去形なのでっす。

 

 私は改めて学んだ。

 ごめん、若手のカミーユさんはこの際どうでも良いから置いといて……

 クリスさんことトオルさん、アランさん、そしてこのジェロームさんを見てはっきりと分かった。

 やっぱり、噂ってあてにならないと思ったの。

 

 だって!

 目の前のジェロームさんは、もう別人!

 魔法で変身したとか?

 あはは、まさか!


 でも……

 女子に対しての『ぎこちなさと口下手』が消えちゃった!

 大好きらしいお菓子の話だけでいえば、ジェロームさんはディベートの達人だもの。

 騎士だけじゃなく、政治家にも向いてるかも。


 片や、シスターシュザンヌも機嫌が完全に直ってる。

 こわばっていた表情が、ぐっと柔らかくなり、笑顔へと変わってる。

 

 あらら、身を乗り出してジェロームさんとお菓子の話で盛り上がってるよ。

 うふふ、何だかふたりは、熱々な恋人みたいになっちゃった。

 

 ジェロームさんの話は益々熱を帯び、口調はとても滑らか。

 もしもフィリップ殿下がこの場にいらっしゃったら、

 政治家へまっしぐらかも、ホントに。

 

 でも!

 私だって美味しいお菓子の話は嫌いじゃないというか、超が付く大好き!

 だからトオルさんにアイコンタクトして、意思疎通。

 

 頃合いを見て、途中から私とトオルさんんが入り、

 都合4人で展開された『お菓子話』は異様に盛り上がった。

 

 いろいろと話してみて、更に吃驚びっくり

 

 ジェロームさんは、単に美味しいお菓子を食べるだけの方じゃなかった。

 様々なお菓子の作り方に精通していたの。

 それどころか、王都のありとあらゆる製菓店の情報にも詳しかった。

 トオルさんが聞けば、休みの日はこっそりと、ひとりで食べ歩きまでしているという。

 

 硬派で武骨なイメージの隊長ジェロームさんに、

 このような趣味があったとは、トオルさんも全然知らなかったらしい。


 でもジェロームさんは目立つ方。

 背恰好もそうだし、お父様にそっくりのイケメン顔を見ればひと目で分かるもの。

 

 なので、トオルさんも気になったみたい。

 「よくばれませんでしたね」って聞いてみたら、何と!

 万が一、知り合いに出くわしてもばれないよう、変装していたんだって!

 

 うわ!

 この人、もう単にお菓子好きってレベルを超越してる。

 お菓子超大好きな私だって、そこまではやらない。

 

 凄い。

 この人は私のラノベ趣味に匹敵する立派な菓子オタク、

 否!『菓子マニア』だ。

 

 でも……

 逞しい騎士が、ひと目を避けて、こっそりとひとりで食べ歩き……

 というのが、微笑ましい。

 

 これってギャップ萌え!?

 

 ああ、シスターシュザンヌったら。

 晴れ晴れとした笑顔を見せちゃって!

 対してジェロームさんからも、愛が感じられる。

 間違いない!

 

 おっと!

 ジェロームさんが手を高々と挙げた。

 何だろう?


「この俺が保証しよう。現在この王都で1番の菓子店と言えば金糸雀カナリアだな」

 

 え?

 金糸雀カナリア

 王都のナンバーワンショップ!?

 あららフルールは……残念ながらこのお店を知らないみたい。

 

 でも!


「ああ、そのお店なら……聞いた事があります」


 おお! 

 凄い!

 何と!

 シスターシュザンヌは金糸雀カナリアを知っていた。

 

 私は改めて確信した。

 シスターシュザンヌはメンバー中、ジェロームさんに準ずる甘党だって。

 

 であれば、ジェロームさんとは相性抜群。

 これは……素敵な予感。

 

 つらつら考える、私……

 一方、ジェロームさんとシュザンヌさんは、更に盛り上がり、

 お菓子の話を重ねて行く。


「うむ! シュザンヌさんはご存知だったか? 実はまだ知る人ぞ知るという店なのだ」


「知る人ぞ知る……ですか?」 


「うん、これも貴女はご存知かもしれないが、金糸雀カナリアのパティシェは、女性だけ。全員、情熱を持って仕事をしている素晴らしい女子達だ」


「素晴らしい女子達……」


「ああ、俺は働く女性を尊敬している。彼女達の作る焼き菓子は王都では味もセンスも抜群。その上、手頃な価格で飲食出来る、小さなカフェも併設しているぞ」


 あは!

 ラッキー!

 前世でも経験があるけれど、熱心なマニアの情報って凄く有益。

 ジェロームさんの話し方は、お菓子に対する愛情がいっぱいだったから。

 

 そんな菓子命の人が、力を入れて推薦するお店だもの。

 ほぼ完璧であるはずだ。

 

 わお!

 ひらめいた!

 私もぜひ、トオルさんと行こう。

 お菓子デートってのも楽しみ!

 

 ああ、トオルさんが私を見た

 よっし、お返しにウインクしてあげる。

 

 ああ、伝わったみたい。

 今度、絶対に金糸雀カナリアへ行こうね。

 ふたりで一緒にね! 


 まあ、お菓子の話だけじゃなく、

 徐々に4人での話題は変わり、お互いの仕事に関してという真面目な雰囲気。

 

 元々、聖女と騎士は接点がある。

 実はこの異世界、昔とは違い、戦争は殆ど無い。

 

 騎士の仕事の大部分は魔物討伐である。

 その際、私達聖女も回復役として戦場に同行する。

 今回のセッティングも、シスタージョルジエットとアランさん、

 そのつながりから起こったものだから。


 ああ、またトオルさんが素敵な笑顔を見せている。

 大好きな先輩が幸せになるのを見て、嬉しいみたい。 

 うん!

 私もシスターシュザンヌには幸せになって欲しいな。


 そんなこんなで……

 まもなく、10分が経つ。

 そろそろ次の席替えになる時間だ。


 店の壁に掛かっている魔導時計を見ていたら、

 丁度秒針を指すと同時に、アランさんが勢いよく立ち上がった。

 

 気になった私はシスタージョルジェットを見た。

 

 うわ!

 この子……すっかり変わってる!

 アランさんを女性の敵と罵り、糾弾しようって怒っていたのに!

 

 ああ…… 

 夢見るような乙女になっちゃってる。

 頬を紅くし、ぽ~っと、アランさんを見つめているよ。


 これは、アランさんの恋の攻撃が命中!

 完・全・撃・破って奴?


 アランさんは、リュカさんを促して立たせると、左側に座った。

 シスターステファニーの正面である。

 

 そして私へ恋のライバル宣言をしたシスターステファニーは、

 席替えをして貰い、はっきりと安堵の表情が見える。

 多分、リュカさんは彼女のタイプではなかったのだろう。


 こうして……

 私の前にはジェロームさん、シスタージョルジェットの前にはトオルさんが、座り、食事会は再開されたのである。

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