第22話「食事会は清らかな聖女達と②」

【大門寺トオルの告白⑪】


 騎士隊の任務中とは全く雰囲気が違うジェロームさん。

 

 いつもは毅然として、勇猛果敢、大胆不敵……

 そんな素敵な言葉を、そのまま人に具現化したような、

 何者にも臆さないナイスガイなのに……

 妙齢の女子に囲まれ、ここまで硬い雰囲気になるとは……


「こんばんわっ!」


 つらつらと、そんな事を考えているうちに、

 真向かいの聖女様から声がかかった。

 

 声をかけて来たのはフルールさんこと……リンちゃんである。

 先ほどカフェで行った打合せ通り、

 俺と彼女はさりげなく『初対面』を装っていた。


「こんばんわ、フルールさん!」


「こんばんわ! ええっと、クリスさんって、もしかして愛称ですか?」


「ええ、本名はクリストフ、クリストフ・レーヌです」


「そうなんだ! この出会いって……もしや運命なのかしら? うふふふふ」


 ああ、リンちゃん、ダメよ、ダメ。

 いきなり、そんなにフレンドリーじゃ……

 

 運命の出会いを遂げて、とっても嬉しいのは理解出来るけど……

 はたから見たら、凄く不自然極まりない。

 俺達が『特別な関係』だって、ばれてしまう。

 

 でも、まあ良いか……ばれたって。

 後で適当に『いいわけ』すればOK。

 俺だって、嬉しくてたまらないし、天にも昇りたい気持ちだ。

 仲が良いのを見せつければ、逆に『恋敵』への牽制になるやもしれぬ。


 と、都合の良い事をつらつら考えていたら、

 リンちゃんが元気よく挨拶して来た。 


「私、シスターフルール、本名はフルール・ボードレール! 宜しくね」


「はい、宜しくお願いします」


「うふふ……私、もっともっとクリスさんの事を知りたいわ」


「俺もさ!」


 前世地球の合コン同様……

 男女間の会話が盛り上がったところで、

 次の飲み物を頼むのが、この異世界合コンの常道である。

 

 そして、次の飲み物も、大体決まっている。

 この世界の女子は乾杯したエールよりも、断然ワインの方を好むからだ。

 当然、事前確認は必須だ。


「フルールさん、飲み物頼もうか? ワイン?」


「はい! 白ワインが大好きです! うんと冷やしたの!」


 あはは、リンちゃん、異世界転移しても好みが全く変わっていない。

 相変わらず笑顔が可愛いなっ!


 ここで俺は、右側のジェロームさんを見た。

 ……駄目だ!

 硬くなるどころか、完全に固まってる。


「ええっと! ジェロームさん?」


「ななな、いきなり何だ?」


 うわ!

 このうろたえよう、どうしたのさ、隊長!

 いつもの貴方らしく、しっかりしてくださいよう! 


 まあ、良いか。

 仕方がない、ぐだぐだ言っても。

 それより早速、フォローしなければ。


「俺がジェロームさんとシュザンヌさんの飲み物も、一緒にオーダーしますよ」


「う、うむ!」


「なので、ジェロームさん、シュザンヌさんへ、何が飲みたいのか、聞いて頂けますか」


「はぁ? 何故だ?」


「え?」


「彼女の杯には、まだあんなにエールが残っているぞ。勿体ない!」


 おいおい、駄目だ!

 この人……本当に……

 

 いや、そんな事を言っては、いかん。

 この俺が……しっかりフォローするんだった。


 よし、ここで新たな作戦だ。

 憑依したクリスの硬派なイメージは完全に崩壊するが、背に腹は代えられぬ。


 俺はわざと、おどけた口調で言う。

 まるで道化師のように。


「じゃあ、シュザンヌさんの残ったエール、俺が貰っちゃおうかなぁ?」


「わぁ! クリスさんったら! 駄目、浮気しちゃあ」


 お!

 ここで、いきなり突っ込みが入った。

 

 突っ込んだのは、リンちゃん?

 ちょっと、怖い目で、俺の事を睨んでいる。


「それって、シスターシュザンヌと間接キッスという事になるでしょう? いきなり浮気はダメダメ! 私のエールを飲んでね!」


 おう、そう来たか!

 普通に駄目なのか、またはリンちゃんも気遣ってくれたのかは微妙だ。

 しかし、こういうフォローはとても助かる。


 よし!

 切り返しは、こうだ!


「じゃあ、俺はフルールさんのエールを飲みます。だから、ジェロームさんもシュザンヌさんのエールを貰って下さい。間接キッスで!」


「やった!」


「うふふ……」


 息がばっちり合って、リンちゃんは、ガッツポーズ。

 そしてシュザンヌさんも、初めて笑顔を見せた。

 

 どうやらジェロームさんとの会話が、全く弾んでいなかったようだから。

 とりあえず作戦は成功だ!


 しかし!

 想定外の裏切者が現れたのだ。

 それは当人のジェロームさん!


「いや! 俺は赤の他人が口をつけたエールなど、万が一の事を考えたら飲めん! どうしたんだ、クリス! いつものお前らしくないぞ!」


 ああ! 

 いつものお前らしくないぞって!?


 おいおいおい!

 何、言ってるんだよ!


 ジェロームさんたら、空気読めよ!

 思いっきり盛り下がるじゃあないか!

 万が一何かあったら、

 治癒専門の聖女様が目の前にいらっしゃるじゃないですか?


「…………」


 案の定、シュザンヌさんは白けた表情になり、

 リンちゃんも大袈裟に肩を竦めた。


 これは、まずい!

 非常にまずい!

 いわば、緊急事態だ。


 俺は、左横に居るアランを見た。

 少しでもフォローしてくれればありがたいもの。


 すると……


 は?

 こいつ!

 もう対面の聖女様と、甘い雰囲気に入っている。

 

 素早い!

 常人の10倍の速度で、女子を口説いて落とす。

 さすが『赤い流星』!!!


「なぁ、アラン」


 俺は、小声で呼び掛ける。

 しかし!

 アランは完全スルー、完全無視だ。

 しかたなく音量アップ。

 

「おい、アラン」


「……何ですか?」


 俺が再び呼ぶと、アランは俺へ向かって、とても不機嫌そうな顔を向けて来た。

 

 そうか!

 やはりアランの、今夜の『獲物』はジョルジェットさんなんだ。


 こいつがこれ以上怒ったら、ヤバイ予感がする。

 でも、臆してはいられない。

 想定外の緊急事態なのだから。


「このままでは、ジェロームさんがヤバイ。すべりまくってオミットされちまう」


「はぁ? 副長が何とかしてくださいよ。だから最初に頼んだでしょう?」


 いや、さすがにそれは……無茶振りだ。

 ここはふたりの『合わせ技』でいかないと、ジェロームさんを説得出来ない。

 

「アラン、頼む。お前からも俺のいう事を無条件で聞いてくれるよう、隊長へお願いしてくれ。そうして貰えば後は上手くやる」


 俺の言葉を聞き、切実な表情を見たアランは、

 渋々という感じで頷いたのであった。

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