第17話「奇跡の再会②」

【相坂リンの告白⑨】


 私はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。

 

 そこで出会ったのがクリストフ・レーヌ子爵。

 レーヌ子爵家当主で、王都騎士隊の副長。

 私達シスターの間でも噂の硬派な男性。 

 

 騎士らしく逞しい身体。

 二の腕はムッキムキ。

 少しいかつい顔もイケメンの部類に入る。


 でも噂は噂。

 全然事実ではなかった。

 硬派なはずのレーヌ子爵はフレンドリーに、

 自分をクリスと呼ぶように告げて来た。

 

 更に偶然は重なった。

 彼は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。

 

 何が幸いするか、ホントに分からない。

 初めて会ったはずなのに、凄く奇跡的な共通項が合った。

 だからクリスさんとは、とっても話が合った。


 でもさっきから私の事をじ~っと見てる。

 どうしたのかな?


 あれ?

 クリスさんの様子がおかしい?

 もしかして身体の具合でも悪いのかしら?


 王都騎士の治癒回復を担う、聖女という職業柄放ってはおけない。 

 よし!

 声をかけてみよう。

 

「クリスさん、大丈夫ですか?」


「だ、だ、だ、大丈夫です」


 うわ!

 思いっきり噛んでるよ、クリスさん。

 ホントに大丈夫?


 でもそれよりも気になる事がある。

 クリスさん、何か私をじいっと見てる。

 

 健全な男子が女子へという『注視』とは何となく違うみたい。

 理由は不明だけど、ワケアリって感じだもの。

 

「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」


「…………」


「私って、何か変ですか?」


 と、聞いたその時。


「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」


「え? 伯父様?」


「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持ってすすめられる」


「ええっ?」


 はぁ?

 何言ってるの、この人?

 昔と全然変わっていない。


 私は唖然としてしまうが……

 バジル伯父はどこ吹く風。

 

「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」

 

 バジル伯父は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……

 私とクリスさんを置いて、人混みに紛れてしまった。


「もう伯父様ったら……」


 いきなりの展開。

 私は苦笑するしかない。

 

 しかし、禍を転じて福と為すとも言う。

 ここまでバジル伯父にお節介されるのも、逆についているのかもしれない。

 

 優しくて、細やかに気配りしてくれるクリスさんは私の好みだし……

 彼氏候補には申し分ない。


 そしてこんなことは、絶対に言っては駄目だけど……

 優しくて気配り上手なのは……

 もう二度と会えない……あの人に……とても似ている。


 ま、まあ、良いか。

 会話が途切れないよう、ここは頑張ろう。

 

「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」


 あれ?

 何とか話をしようと、他愛もない話を振ったつもりなのに……

 クリスさんったら、とても困った顔をしている。

 

「クリスさん」


「な、何でしょう?」


 あ、また噛んだ。

 クリスさん、やっぱり動揺している。


「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」


 へ?

 いきなり何言ってるの、私。

 口が勝手に動いたよ!?

 ほらぁ、クリスさんだって驚いてる。


「は? フルールさん?」


 案の定、ポカンとするクリスさん。

 ああ、こんな事を言うなんて!

 絶対に変な子だと思われてる!


 でも何故か、私の口は止まらない。

 制御不能! 制御不能!

 緊急事態発生!

 って、マンガの読み過ぎ?


 ぐるぐる回る気持ちと裏腹に、私の口調は冷静だ。

 ひどく淡々としている。


「実は今朝……凄くショックな事がありました」


「え?」


「だから……とても落ち込んでいるのです」

 

「凄く、ショックな事……ですか?」


 ああ、クリスさん、心配してくれている。

 凄く嬉しいかも……

 でも、自分の身に起きた異世界転移とか、不可解な内容は話せない。

 絶対に!


「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」


「…………」


「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」


 ああ、やっと口の暴走が止まった。

 「余計な事を言って、しまった!」という後悔の念が押し寄せる。

 

 ……凄くヤバイ。

 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……

 この場限りでサヨウナラ……

 という可能性もあるじゃない。

 

 でもそれじゃあ、前世と全く同じ。

 単なる繰り返しじゃない!


 と落ち込んでいたら、

 何と!

 クリスさんまでが!

 

「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」


「え?」


「ク、クリスさんもですか?」


 あ、あれ?

 何故に、何故に、

 私は突っ込まなくてはならないの?


 対してクリスさんは

 

「は、はい! とてもショックな事です」


 と、きっぱり言い切った。

 

 何だろう?

 そこまで彼が言うショックな事って?


 さっきの『失策』をすっかり忘れ、私の耳は集音器となる。

 クリスさんの話には、まだまだ続きがありそうだから。

 

「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」


「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」


 ああ、思わず同意してしまった。

 でも……

 ふたり共静かに話をしているのに、気持ちがヒートアップして行くのがはっきり分かる。


「成る程……実は……俺が約束を果たせなかった相手って……女の子なんです」


「女の子……」


 ああ、衝撃の告白。

 クリスさんには……

 彼女候補が居たんだ……

 

 ショックを受けた私に対し、追い打ちは更に続く。


「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」


「運命の子……もう二度と会えない……」


 そこまで止めをさされると、私は言葉がろくに出て来ない……

 ただクリスさんの言葉を繰り返すだけだ……

 

 でも……私だってそう!

 運命の人……

 トオルさんには二度と会う事は出来ない……


「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」


「…………」


 え?

 お人よし?

 クリスさんが?


 いえ、違う!

 お人よしなのはトオルさん!


 突如!

 原因不明の既視感が私を満たす。

 不思議な予感も湧いて来る。


 そんな私の心を他所に、クリスさんは熱く惚気のろける。


「彼女はとても優しくて……俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」


「…………」


 ああ、素敵な褒められ方!

 とっても嬉しい!

 

 でも、自分が褒められているわけじゃないのに……

 何故、こんなにも嬉しいの? 


 私だってそう!

 トオルさんと一緒に居て、凄く幸せだった!

 これまでの人生で一番楽しいいひと時だった。

 

 はっきりと言い切れる!

 やっぱり私は、トオルさんが好き! 

 大好き!! 


 すると……

 どこからともなく…… 

 クリスさんの声に重なるように、トオルさんの優しい声がリフレインする。


 リンちゃん!

 

 ああ、懐かしい!

 私を呼ぶ貴方の声が! 


 会いたい!

 トオルさんに会いたい!


 再会への渇望に翻弄される私の耳へ、クリスさんの謝罪が聞こえて来る。


「フルールさん、ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」


「…………」


「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」


 思い出した?

 私を見て?

 だ、誰を!?

 一体誰を思い出したのですかっ!


「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」


 と、つい聞けば……

 クリスさんは平謝り。


「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」


「…………」


「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」


 私にそっくり!?

 まさか!

 

 でも、間違いない!

 もう言い切れる!

 クリスさんは……トオルさんなんだ!


 僅かに生まれた不思議な予感が……

 はっきりとした確信へ変わって行く。

 

 私の心に、得も言われぬ歓びがあふれて来る! 


「…………」


 言葉が出ない。

 出したいけど出て来ない!


 顔を上げて、クリスさんの!

 否、トオルさんの顔を見なければ!

 

 やがて……私は顔を上げた。

 でも……心に満ちた歓びは、涙もいっぱい連れて来た……


 心配そうに見つめるトオルさんの顔は……

 泉のように湧き出るたくさんの涙でにじみ、はっきりと見る事が出来なかったのだ。

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