第6話「出会いの予感」
【大門寺トオルの告白③】
相坂リンちゃんとのデートが上手く行き、
幸せ気分で「ぐうぐう」眠っていた俺であった。
しかし、気が付けば……
中世西洋風異世界へ意識だけを飛ばしていた。
多分、散々愛読したラノベに良くある異世界転生もしくは転移って奴だろう。
そんなわけで、今の俺はバリバリの騎士……
ヴァレンタイン王国王都騎士隊副長クリストフ・レーヌ子爵なのである。
でも日本の平凡なリーマン、大門寺トオルは何故、騎士になどなった?
と、俺は疑問を呈する。
まあ、その疑問に答えてくれる者はどこにも居ないのだけれど。
ヴァレンタイン王国における騎士は概ね世襲制。
父親や親族から引き継いだ者が多い。
このクリスになった俺も全く同じパターン。
前当主の父が亡くなり、跡目を継いだレーヌ子爵家も武家。
寄り親はカルパンティエ公爵家だ。
ちなみに寄り親とは前世の政治家でいう派閥のボスと考えれば分かり易い。
ヴァレンタイン王家に仕える騎士の俺ではあるが……
ジェローム隊長の父カルパンティエ公爵をボスとする、有力派閥に属する子爵家当主でもあるのだ。
前世では武道の経験など勿論なく、運動もさほど得意ではなかった俺であったが……
性格も肉体も大きく変わった今、肉体労働の騎士は案外楽しい。
俺が担う仕事は大きく分けてふたつ。
ひとつは王家を中心とした要人警護。
もうひとつは巷でいう『戦う者』として王都を含む防衛と治安の維持。
たまに人を襲う魔物の掃討も行う。
大門寺トオルの俺が、己の存在を認識したのが、その遠征の
ちなみに……
あの会話の後、後輩アラン・ベルクール騎士爵の軽口は当たった。
ゴブリン数百の大群は、俺を含めた王都騎士精鋭部隊の手によりあっさり討伐されたのだ。
さてさて!
俺の自宅は一応王都内にある。
子爵家の屋敷としてはそこそこの規模だが、父親の死後、管理は忠実な家令の爺や、つまり使用人に任せている。
俺クリスは15歳で入隊してから、25歳になるここまで、10年間慣れ親しんだ騎士隊の寮暮らしなのだ。
ちなみに前世のトオルは寮生活は未経験である。
で、話を戻すと、
寮での暮らしは、日々のスケジュールは時間までも分刻みできっちり。
おおまかに言えば朝5時に起床。
特別な任務や野暮用がなければ午後10時には就寝。
もう少し詳しく言うのなら、寝ている時と3食のメシ以外の時間は、主に訓練に明け暮れる。
入隊して5年、20歳になった時、
「お前は仕官候補なのだ」と言われ、
以来5年間、先輩のジェロームさんと共に作戦立案と用兵の勉強もしている。
食う為、生きる為の
ファンタジー映画やラノベに出てくるような勇ましい騎士として活躍する。
重度の中二病を患う俺には、願ったり叶ったりだ。
さてさて、仕事が終われば、今夜……
アランの話していた通り、待ちに待ったスペッシャルなイベントがある。
スペッシャルなイベント……すなわち聖女様達との飲み会である。
前世でも、この異世界でも、トオルでも、クリストフでも、
スペッシャルなイベントとは合コン?
これって、何の因果の転生だろうか……
「とほほ」と落胆するのか、「素晴らしい人生だ」と喜ぶのか、全く分からない。
まあ、良いか。
再び話を戻すと、俺が憑依した? 硬派騎士のクリスはこの世界で、何度か合コンを行っているようだ。
前世の俺とは違い、完全な受け身タイプのクリスは、今回のように誘われて行く事が殆どらしい。
だけど、この世界のビギナー、『大道寺トオル』としては、初体験のスペシャルなイベントだ。
この世界の飲み会って、一体どんな感じだろうと、好奇心いっぱい、興味津々である。
今の俺は何故か、クリスより、トオルの記憶が前面に出ている。
なので、仕切り直しという事で体験すれば……
全く違う、新鮮さが味わえそうな気がする。
当たり前だが、この世界の合コンは、前世のそれとは、メンツも雰囲気も違うだろうし。
……その上、今夜はもっと『凄い冠』が付いている。
まさに、スペッシャルなイベントと呼ぶに相応しい。
最近……
国王陛下の弟君、宰相フィリップ殿下のお陰で、この世界の身分の壁が取り払われた。
今夜、行われるのは、その名も『ヴァレンタイン王国異業種交流会』である。
宰相主催のこの企画を聞きつけたアランがツテを使い、上手く乗っかったってわけ。
ねぇ、凄いでしょ?
その趣旨としては……
身分を超えた情報交換をして、王国の発展に寄与する会。
……なのだが、実態は王国公認の合コン。
すなわち、自由お見合いの場と化している。
この異業種交流会は、半年に1回のペースで開かれているらしい。
とても人気があるのは勿論、加えて参加経験者からの紹介制度がある為、一見さんの参加は極めて困難といえる。
楽しみだ!
ワクワクする!
今夜の俺は、使命感に萌えて!
いや!
燃えている。
昼間、訓練をしながら散々悩んだ。
当然、リンちゃんの事。
つまり未練だ。
だけど、元の世界に戻れる保障も何もない。
なので、「開き直るしかない!」と思えて来たのだ。
騎士クリスとして、この異世界を楽しむ。
過去の黒歴史の仇を、改めてこの異世界で取る。
あの運命の子リンちゃんと、結ばれなかったのは誠に残念だ。
だけど、いつまでもぐだぐだ言っても仕方がない。
彼女を上回る、『超可愛い完璧彼女』をこの異世界で作るしかない。
だってさ……
社内外で罵倒され、ストレスためまくり。
月に数回は徹夜をした前世の社畜生活に比べれば、王国民に尊敬される騎士って、凄くやりがいがある。
加えて、騎士は
その象徴が赤い流星のモテモテ男、アラン・ベルクールだ。
給料だって、一般庶民とは桁違いである。
前世とは物価がまるで違うし、貨幣価値も違うのだが……
王都の騎士って、俸給は基本月収200万円くらいっていったところ。
これに副隊長の職務手当て、危険手当て、出張手当てなども付く。
その時の任務にもよるが、最大で月収は何と400万円近くとなる。
念の為、『年収』ではない。
『月収』が400万なのだ。
それに加え、子爵家の地代等の収入が月に3,000万くらいか……
トータルで年収が、ええっと……4億を超える!!!
おいおい、凄いよ!
クリスは貴族とはいえ、まだ25歳の若輩だろう?
命を懸けた仕事とはいえ、これって、素晴らしいのひと言。
ちなみに……
王都で家族4人を養うのに、月額20万円ちょいあれば楽勝という物価の世界。
そこそこの屋敷を構え、使用人10人を雇っても月に500万あれば楽勝なのだ!
年収4億超えなら、どんだけ贅沢な暮らしが出来るんだ!?
前世勤めていたブラック企業で……
無理をしながらも地道にコツコツ頑張って来たご利益があった。
「この異世界でようやく報われたぞ!」って感じか。
仕事は充実、収入もバッチリすぎるほど。
あとは……
最高の『彼女』、つまり結婚相手を見つけるだけなのである。
もう、割り切る。
どんな理由で前世から飛ばされてしまったのかは不明だが……
この異世界で俺は幸せになる!
それしかない!
転生した日に、こんな超特大イベントがあるのも、何かの縁だろう。
さあ、午後5時。
非常時対策の待機部隊以外、騎士隊の業務終了の時間だ。
俺が引き揚げようとしたら、後輩で部下のカミーユ・アルノーが声をかけて来た。
カミーユは19歳。
王都騎士隊へ入隊して、まだ4年目の若手だ。
ようやく一人前になりつつあるといった感じ。
このカミーユもまだ独身。
切実な『彼女欲しい願望』があるらしい。
クリスの記憶を手繰ってみれば……
以前何回か、妙齢の女性を紹介してあげたようだ。
はぁ……
クリス自身がバリバリの独身なのにね。
それなのに他人の世話ばかり……
ふっ……バカみたいだ。
でも、前世の俺トオルは笑えない。
異世界転移しても全く同じじゃない?
……俺は転生した自分へ……
真面目でおひとよしなクリスに対し、急に親近感が湧いて来た。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、カミーユは底抜けに明るい。
幹事のアランからは、事前に聞いている。
カミーユも、今夜の特別な飲み会に参加するのだ。
「クリス副長! 今夜は宜しくお願いしまっす」
「了解! カミーユ、あまり羽目を外すなよ。何せ相手が相手だ」
「わっかりましたぁ!」
果たして……
今夜のスペシャルな飲み会で、リンちゃんを超えるレベルの新たな出会いはあるのだろうか?
いや!
この異世界で絶対に、幸せになる!
俺は改めて、気合を入れ直したのであった。
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