第5話「転生!? ……私は癒しの聖女様!」

【相坂リンの告白③】 


 「え?」と思った。

 ここはどこ? と思ったの。


 久々にラノベ話も出来た楽しいデートを終え……

 私は自宅のワンルームマンションへ帰った。 

 

 着替え、お風呂に入った。

 思わず鼻歌が出るくらい幸せな気分だった。

 そしてテレビを見て、暫し経ってから就寝したはずなのに……


 気が付けば……起きていた。

 それだけではない。

 日本ではない異国に居た。

 

 それも特別な場所に。

 何と!

 創世神という神様を称える教会の礼拝堂に居た。

 

 ハッとして見やれば……

 他の聖女シスターさん達と一緒に、おごそかな雰囲気で祈りをささげている。


 ああ、周囲の聖女さん達も皆、日本人ではない。

 いわゆる外人さん達だ。


 私の目の前には傍らには祭壇、そして説教台がある。

 この世界の最高神である創世神様ご自身は、絶対に偶像崇拝を認めない。

 なので、お姿を表すシンボルはない。


 再び見やれば……

 壁にはいくつかの絵画が直接描かれている。

 フレスコ画と呼ばれるものらしい。

 創世神様のお姿は当然なし。

 見事な筆致で描かれているのは、天の使徒と呼ばれる方々だけ……


 あれ?

 そもそも何で、私はこんな事を知っているんだろう?


 このような礼拝堂は全く知らない場所ではない。

 但し、実際には行った事がない場所である。


 では何故このような場所、作法も知っているのかといえば……

 流行りのライトノベルをいろいろと読んだから。

 イメージとして、脳内へインプットされていた。


 うん、私が最近はまっていたのが『聖女シリーズ』といわれるライトノベル。

 今私が存在している場面が、そっくりのシチュエーション。


 シリーズの主人公は当然ながら女性だ。

 文字通り『聖女様』と呼ばれる方である。

 聖女様の性格は明朗快活。

 献身的で一途なキャラであり、女性から見ても好ましい。


 う~ん、職業的に看護師の私とは似て非なる者かしら。

 でも私が?

 よりによって?

 どうして聖女様になったの? などなど……

 意味不明だという思いがとても強い。


 何か不思議な気分である。

 ライトノベルで読んだより、遥かに詳しい神の知識が頭にあるから。

 敬虔けいけんともいえる深い信仰心が心の中に満ちているから。


 左右を見回した。

 やはり、ここは礼拝堂である。


 果たしてこれは現実かしら……

 夢の続きを見ているのでは……

 とも思う。


 ああ、でも気が付いちゃった。


 これってライトノベルでよくある設定の『異世界転生』とはだいぶ違う。

 もしかして……

 私・相坂リンの人格がこの聖女さんの意識に乗り移っちゃったのかな?

 だったら、ええっと……

 異世界転移って事?


 でも聖女さんの意識は完全に消えてはいない。

 私の心の片隅にちゃんとある。

 すなわち、ふたりの意識は両方、ひとつの心の中にしっかりあるのだ。


 でも私の意識の方が聖女さんよりずっと前面に出ていて、だいぶ強いみたい。

 この身体の本来の持ち主なのに……

 私が横取りしたみたいで……

 聖女さん、少し気の毒かも……


 だって!

 この聖女さんにも大切な家族、そして愛する恋人も居るでしょうに。

 

 でも!

 私だって……

 愛し愛される彼氏は居ないけれど……

 かけがえのない大切な家族は居る。


 え?

 彼氏候補が居る?

 昨日デートした大門寺トオルさんはって?

 あんなにも楽しくデートして、『彼氏候補』の本命じゃないのかって?


 ううん、多分無理だと思う。

 トオルさんはあんなに優しくて、加えて気配り上手。

 一緒に居る女子を、あんなにも楽しくさせてくれる素敵な男子だから。

 

 私はたまたま一回デートしただけ。

 彼を好きな女子は何人も居るに違いない。


 それに趣味が全く合わないと思う。

 初めて出会った時は勿論だけど……

 デート中も彼からは、私の好きなラノベの話は一切出なかった。


 そもそも私はトオルさんの事が本当に好きなのだろうか?

 もしや錯覚?

 全く見知らぬ異世界へ来て、人恋しくなっているだけ?

 昨日のデートだって、気を遣わず甘えてばかりだったし。

 

 でも……

 トオルさんを好きか嫌いかと聞かれれば、はっきり好きだって言える。

 素直な気持ちで言い切れる。


 もしも!

 今すぐ彼が目の前に居て、はっきり告白してくれたのなら、

 ぜひ『彼女』になりたいと、返事をするだろう。


 しかしそれは、もはや叶わぬ夢……

 今、この世界に居るのは悲しいけれど、リアルな現実。

 

 予感が確信へと変わって行く。

 もう二度と元の世界には帰れないと。

 相性の好いトオルさんにも再び会う事はないだろう。


 楽しかった記憶がリフレインし、心が嵐にもまれる船のように揺れ動く。

 とても寂しい……


 約束をしていたのに……

 トオルさんと二度目のデートをする約束を……


 あ~あ。

 デート……したかったなぁ。


 いえ、もう一度だけでも会いたい。

 ただ話すだけでも良い。


 もう会えないのなら、きちんと「さよなら」だけは言いたかった。


 これじゃあ、子供の頃、幼馴染のトオル君といきなり「さよなら」したのと全く同じ。

 あ~あ……

 一度ある事は二度あったんだ……がっくり。



 でも……

 突然の異世界転移なんて……

 自分の力ではどうにもならない。


 ここで思い切った。

 いつまでも、うじうじ悩んでいたって仕方がないと。


 仕方がない……

 ……だったら割り切ろう。

 せっかく大好きなラノベの世界へ来たんだ。

 それも憧れの聖女様になれた。


 ならば!

 この異世界で、麗しき『聖女様』になりきろう。

 新しい恋を見つけよう。


 つらつら、とりとめなく考えていたら……

 やがて休憩時間となった。

 少し休んでから、礼拝が再開されるだろう。


 と、その時。


「シスターフルール、ちょっと宜しいですか?」


 と小さな声でささやかれた。


 え?

 フルールって呼ばれた?

 それは誰?


 ああ、そうか!

 心の片隅に沈んだ、別の意識が報せてくれる。

 フルールって……私の事、なんだ。


 確か、フルール・ボードレールというのが、この世界での私の本名。

 出自は何と貴族。

 ただ王族とかそんなに凄い事はなく、ボードレールという男爵の長女である。


 しっかり返事を……

 いえいえ、いかに休憩中とはいえ、ここは聖なる礼拝堂。

 大きい声を出したり、私語を交わす事は基本的に禁止である。

 目立たないように、ごくごく小さな声でそっと返事をしなければいけない。


 そういえば、私の名を呼び、じっと見ているこの子は誰?

 コケティッシュで、不思議な雰囲気を持つ女子だ。


 ブルネットのロングヘア。

 魅惑的な黒い瞳。

 「ぷくっ」と厚いピンク色の小さな唇。

 うわぁ、凄く色っぽい……

 とっても男子にもてそうな子……


 ああ、確か、この子の名は……思い出した。

 ジョルジェット……だったっけ。


「ええっと、シスタージョルジェット、何でしょうか?」


 と声を押さえて私が尋ねれば、


「礼拝が終わったら、シスターフルールへ折り入ってご相談が……少々お時間を頂けますか?」


 と言われた……


 相談?

 一体何だろう?


「かしこまりました。私の方は構いませんから、頃合いを見て声をかけてください」


「ありがとうございます」


 小さな声の会話は終わった。

 短か過ぎて、シスタージョルジェットの意図は不明だ。


「相談って、……一体何だろう?」


 と、再度私はぼんやり考えていた。


 そんなこんなで……

 礼拝が終わった。

 

 次の『お勤め』までは、約30分ほどの休憩がある。


 先輩導、同輩、後輩……

 大勢のシスター達がひと息つく為、休憩室へ移動して行く。


 しかし私はその場に残る。

 シスタージョルジェットから相談があると依頼されていたから。


 スタンバイして待っていれば、やはり彼女はやって来た。


「シスターフルール」


「はい」


「先ほどお願いした件、いかがでしょうか?」


「はい、いつでもどうぞ。但し休み時間終了までとしてください」


 というわけで……

 内密の話なので別室に行くようお願いされ……

 私はシスタージョルジェットの『相談』に乗る事となったのである。

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