第2話 第1章

ここは都内某所にあるレッスンスタジオ。歌い踊り世間から注目の光を浴びるアイドルを目指す少女達が、日々訓練を行う場所である。福岡から上京した薄茶色のロングストレートヘアのハーフ少女、美間・サファテ・優奈もその一人である。


彼女が研究生として所属するアイドル事務所『マリプロダクション』は数多くの人気アイドルが所属する大手事務所である。毎年多くのアイドル志望者が押し寄せ、まずは研究生という立場からレッスンなどを重ね徐々にデビューへの階段を上っていくシステムだ。


優奈は共にアイドルとしてデビューを目標とする少女達と横並びで、懸命にダンスレッスンを行っていた。

その様子をウェーブがかったセミロングの黒髪にサングラスをかけたスーツ姿の有名プロデューサー、黒木智仁が後ろの壁にもたれ腕を組みながら眺めていた。

優奈はレッスン中にトレーナーに時々注意されながらも不貞腐れることなく、改善しながらレッスンに取り組んだ。そんな彼女の前向きな姿勢が同じ研究生の間で支持されていた。

しかし、アイドルへの門は狭き門であるが故に、なかなかデビューまで至れずにいた。


そして暫くしてレッスンが終了し、研究生達が「この後どうする?」「この辺に美味しいタピオカの店あるんだけどいかない?」といった普通の女子色溢れる会話をしながら帰っていく中、優奈は一人プロデューサーの元へと駆け寄った。

「プロデューサー、少しお話いいでしょうか?」

優奈も黒木も神妙な面持ちになり、話に入る。

「私はいつまでこの立場にいなければならないのでしょうか? もう3年近く、研究生のままなのですが?」

優奈は表向きでは、よく思われるように泥臭く頑張る優等生を演じてきたが、内心は不満を抱いていた。15歳の頃から研究生となり、努力を積み重ねてきたものの、他の同期研究生がアイドルとしてデビューしていく中、自身は研究生のままで現在は18歳。停滞を続けている状態に研究生としてのレッスン費用の半分を援助してもらっている両親からは「いい加減何らかの形で返してくれないか」「アイドルなんか諦めて大人しく就職したらどうだ」と迫られ、本人も焦燥感を抱いていた。それが言霊となりデビューという出世権限を持つプロデューサーへと吐き出された。

「私はアイドルとしてデビューするために、あらゆる努力はしてきたつもりです。嫌だと思うようなことがあっても耐えてきました。それでもまだこのままだなんていくらなんでもおかしくないですか? 明らかに私より劣っているような子がアイドルとしてデビューしているっていうのに……せめて私がそこまでに至れない具体的な理由を教えていただけませんか? そうでないと納得がいきません!」

優奈はこれまでの鬱憤を鋭い弓矢を投げつけるように問いただす。すると黒木はしばらく黙り込み、軽くひとつため息をついてから重い口を開く。

「そうやって生意気に偉そうな口を叩いてるからじゃないのか?」

「は……?」

「さっきから聞いてりゃ自分が今の面子の中で一番優れてると思ってるのが腹立つんだよね。まぁ実際、一番やってくれて入るが、実際の現場に出たらまだまだ粗が目立ってるお前の実力なんて程度のモンだからな。プロってのはそういうモンなの。」

「は、はい……。」

圧迫するような剣幕で静かな怒りを見せる黒木に対し、優奈は怯むように返事をする。

「あと、明らかに私より劣っているような子が~とか言って他の子を見下すような発言もイメージ悪いよ。あの子達もダンスとか歌とかが下手でも、影で一生懸命努力してたりするし、それでダメでもトークとかキャラクターとかそっち方面を努力してバラエティ路線とかで活躍してんの。いわゆる適材適所ってヤツだよ。傍から見た一般の人を相手にした商売だからさ、そんな事言ってたら好かれなくなるよ? 仕事も来ないし売れなくなるよ? 表面じゃ良い子ぶってるヤツは大体そうやって無意識に自分の中で頑張ったつもりの自分に酔ったり、他人を見下すような事を言ったりするからな。長年この世界にいてるから、そういうのわかるんだよ、俺は。」

正論といえる黒木の言葉に図星を突かれた優奈は、先ほどまで不満をぶつけていた時の勢いを失ってしまい、ただただ俯くしかなかった。

「私が……間違っていました……。力任せの発言で不快にさせてしまい……申し訳ありませんでした。」

優奈は黒木に対し深く頭を下げる。

「ま、素直に謝罪できてるから許してやらないこともないけど……今日は生憎気分がクソ悪くてね。申し訳ないと言われて許してやれるような気分じゃねぇんだわ。」

気だるそうに返事をしながら、優奈の肩に手を置きそのまま二の腕までをねっとりと揉むように触れていく黒木。優奈は官能的な不快感に苛まれながらも、我慢して頭を下げたままでいる。

「プロデューサーの気分を害してしまい本当に申し訳ございません! 何でもしますのでお許しください!」

「……本当に何でもするんだな? じゃあ、これから俺に付き合え。」

「……はい。」

優奈は主人に従う狗のように業人の如く漆黒の笑みを浮かべた黒木のあとをついていき、レッスンルームをあとにした。

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Red Honey Trap 神山遊哉(旧・烏丸れーもん) @karasuma-laymon

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