始まりの壁



 ――終末世界十九日目、早朝。


「よ、よろしくお願いします!」


「徳永さん、今日は長丁場になる予定ですが、あなたの頑張りにこの街の命運は掛かっています。頑張っていきましょう! みんなで全力サポートさせていただきますので!」


「は、はい……が、頑張ります!」


 そう言うと、目の前にいる赤司さん、アキラさん、青樹エイジさんの三人が笑顔で答えてくれた。

 ああ、なんで私がこんな重大な役目をやることに……。


 こうなったのも昨夜の出来事だった。





 突然、私は赤司さんに呼び出しをされたのだった。

 この時ほど私の心臓が飛び出そうになることは今までなかったかもしれない。


 私何かやっちゃった!?

 何もしてないよ私!

 えっ?

 嘘!?

 どうしよう……ここ追い出されたら、私なんてすぐに死んじゃうよ?


「し、失礼します!」


 私はついノックをすることなく、赤司さんの部屋に入ってしまった。


 ああ、ああああああ!

 やってしまった!

 私のバカ、上がり症の癖直さないと!!

 こんのバカ真智子!!


「すまないね、急に呼び出してしまって」


 そこには以外にも優しく笑顔の赤司さんがいた。


 み、みんなから聞いていた赤司さんと違うじゃない。

 もっと礼儀とルールに厳しい人だって聞いてたけど、ノック忘れた私に怒らないじゃない。

 誰よデマを流したのは!


「い、いえ……それで私何かしましたでしょうか? き、昨日も警備を頑張っておりましたよ!!」


 私がそう言うと、なぜか全員がクスクスと笑い始めたのだ。


 えっ??

 というか、ここにいる人たちみんな『カード』を持っている人たちじゃないですか!

 選ばれた人たちじゃないですか。


「別に君に何かをしようってわけじゃないよ。徳永さんが最近手に入れた【ライン引き】というスキルについて詳しく話を聞かせてくれないかな? もしかしら君のスキルはこの街を……強いてはこの世界を救うことになるかもしれないんだ――」






 と、説得されましてですね……。

 気分が良くなってしまって二言返事で了承してしまったのですが、朝起きてみれば重大なことに気が付いたのですよ。

 私が世界を救う!?

 この使い道のよく分からない【ライン引き】というスキルがですか!?

 何の冗談だと聞きたいほどですよ。誰かに!


「よし、行こうか」


「は、はい!」


 私はいつの間にか青樹エイジさん……と言っても同級生なんですけど。というか、この人隣の高校まで噂が来るほど有名なイケメンなんですけど。

 私がそんな人に後ろから抱き着いてもいいのかな?


「じゃあ、出発しますよ! スピードは出さないので、慌てずにゆっくりと足を地面に近づけてスキルを使ってくださいね! 期待しています!」


 そんなイケメンスマイルで言われたら断れるわけないじゃないですか!

 というか、私ってそこまでサバイバルしていないゆとりサバイバーなんですよね。だから、今超怖いです。郊外をバイクでぐるりと回るって今思えばもの凄く怖くないですか!?


「が、がんばりますぅ」


 断れなかった。

 だ、大丈夫だよね!

 周りにはこんなにも『カード』を持っている人たちがいる。

 うん、私はこの人たちに守られているんだ。この人たちはあの『白猿』を倒した人たちだ。絶対にここは安全な場所なのよ。

 そうよ!

 ここは住処なんかよりも、一番安全な場所なのよ!



 そうして、私は日が落ち始め辺りが夕日色に染まる時間までひたすら足の裏から石灰を出し続けるという作業をイケメンの後ろで行ったのであった。

 ああ、なんという至福の時だったのだろうか。

 あんなイケメンの後ろで早朝から夕方まで一緒に抱き着いていられるなんて……。

 私、たぶん明日幸せ死するんだわ。


 などと、考えていると。


「ご苦労様です、徳永さん……いや、真智子さん。これでこの街は救われます。見ててください、あそこです」


 バイクを降りると、青樹エイジさんが私の下の名前を呼ぶどころか、腰……いや、これはお尻です!

 そうエイジ様は私のお尻を触りました!

 触りながら、夕日がある空を指さして言ってきました。


 もう……こんなところではダメです。

 もっと人気のないところでなら……。


 そんな時でした。


「白猿ぶりですね、みなさん」


 住処の駐車場に一人の男性が現れました。それとねむちゃんも一緒です。

 それに悪くない顔です。

 でも、私にはもうエイジ様という王子様が……。


「ああ、ヒーローさん!」


 エイジ様がその男性に駆け寄っていきました。

 そして、ごにょごにょと何かを話し、頭を何度も下げています。

 一体、何を話しているのでしょうか。彼女として、とても気になります。


 そんな会話もすぐに終え、その男性が地面に両手を着けました。


「始めますね」


 ゴクリと全員の唾を飲む音が私にまで聞こえてきました。


 そういえば……私ってなんで今日石灰を出し続けていたのでしょうか。

 謎です。

 何をさせられていたのでしょうか。


 ……。

 …………。


「えええええええッ!?」


 うん、何でしょうかあれ。

 なんかいきなり四方八方から同時に大きな……氷の壁? が反り立ちましたよ。

 というか、もしかしてあの位置って……。


「私の【ライン引き】をしていた場所?」


「あっ、良く気づきましたね。そうですよ! 真智子さんはあの氷壁を作る手助けをしていたんですよ、凄いです!」


 ああ、私の【ライン引き】がこんな形で報われるなんて……。


 その時、私は涙を流していました。

 映画でも、演劇でも、部活でも涙を流したことのなかった私の頬に涙が流れていました。

 たぶん、この光景を私は一生忘れることができないでしょう。


 たまらなく、本当にたまらなく。

 嬉しかったのです。




 ******************************




 チビ森と共に俺は大型スーパーマーケットの駐車場に到着していた。

 そこには見知った顔や、見知らぬ顔が数人いたくらいか。


「ヒーローさん!!」


 突如、イケメンくんが変な言葉を叫び俺の方に駆け寄ってきた。


 あー、うん、チビ森から全部聞いた。

 白猿についても、あの惨殺された死体についても、全部彼が計画したことらしいのだ。【未来ムービー】だっけ?

 このイケメンチート野郎が。


 ただ素直に俺はこの計画を聞いた時、凄いと思ってしまった。

 自分を捨ててまで成し遂げたいと思ったこと自体が凄いと思ったのだ。


「青樹くん……だっけ?」


「はい、そうです!」


 青樹君は元気よく返事をしてくれた。

 うん、元気がある子はいい子だ。会社でも元気のいい子は結構いい目で見られていたよ。

 出世できると思うよ、青樹くん。こんな世界になっていなければね。


「若いのに凄いよ」


「……そんなに歳変わらないですよね? たぶん。っと、そんなことよりも一つ謝ることがあるんです」


「謝ること?」


 おうむ返しに聞き返すと、バッと勢いよく青樹くんが頭を下げてきたのだ。

 反射的に、俺は頭を上げるように彼の肩を触っていた。


 謝ること……謝ることねぇ……何だろう。

 全く身に覚えがないのだけど。


「昨日の朝、少しだけヒーローさんの部屋に細工をさせていただきました。それをずっと謝りたくて……でも、昨日はヒーローさんがどこかに行ってしまって、ずっと言えなくて……」


 昨日の朝?

 えっと……確か、九時に起きようとして、目覚ましが鳴らなくて……気づいたら、十二時十五分だった……。

 うん、これか。


「もしかして人為的に寝坊させられてたの? 俺」


「はい、そうです。スキル【快眠回復】と【起床設定】という二重掛けで、ヒーローさんの起床を遅らせました。これは全て俺の指示でやったことで、全責任は俺にあります! だから、どうか仲間だけは…………」


 あー、うん、もしかして俺を怖い人か何かだと思ってるパターンじゃね?

 いやいや、許すも何も見覚えなかったし、もう終わったことだし。

 でもまあ……。


「別にいいよ。でも、その「ヒーローさん」って呼び名止めてくれない? 氷一郎か逢坂さんとかでいいよ、好きに呼んで」


「ありがとうございます! 逢坂さん!」


 うん、いい子や。

 考えも柔軟な子や、仲間思いの子や。


「大人は懐が広くてなんぼなのよ! っと、それじゃあ陽が落ちる前に始めようか」


「はい!」


 そうして、俺は地面に両手を着いた。


 これからやるのはもちろんライフの能力。

 元々氷壁を生むこと自体はそう難しいことではない。だけど、この辺り一帯のモンスターを拒むレベルの氷壁で囲むというなら話は別だ。

 別途、触媒が必要になるのだ。

 触媒は白くて粉状ならば何だっていい。ただその粉を介して能力を使えば、より強固で分厚く、反り立つほどの高さの氷壁を簡単に築ける。


 そして、早朝から丸一日掛けて彼らが頑張ってくれたらしい。

 だったら、多少の反動はあるが、俺もやるのはやぶさかではないと思っている。


 ということで、そろそろやりますか。

 今回はやったことない技で失敗は許されない。しっかりと口で唱えていこうと思う。


「【零氷壁・キャッスル】」




 ――終末歴0年0か月18日

 

 その日、一部地上に大きな氷の城壁が築かれた。

 その小さな街からこの世界が始まり、再び文化が形成されることとなったのである。


 この偉業を成し遂げたのは、我らの神【氷の魔女】。

 そして、私たちはこの日をこう呼ぶ――


 『希望の


 と。


 ――【氷の魔女】聖教典本文より抜粋――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る