ムロムロムロムロ~



「ふわぁ~」

「ムキュ~」


 俺は欠伸をしながら、いまだにウトウトしているムキュキュの歯をシャコシャコと磨いていた。

 ムキュキュはいい子だ。

 歯磨きを全く嫌がらない。むしろ起きた瞬間に、俺の真似をしたがり自分からやってと言ってきたくらいだ。

 この子は賢く育つぞー。


「はい、じゃあ、水を口の中に入れて喉でゴロゴロゴロゴロってやってみ?」


「ムキュ……ムロムロムロムロムロムロ」


 なんじゃ、その効果音。

 ムキュキュは基本的に鳴き声が可愛くなってしまうのな。

 そろそろおじさんキュン死してしまいそうだよ。


 ちなみに朝食はもう済ませている。

 ムキュキュはカレー麺にドハマりしたようで、またカレー麺を出すようにせがまれた。

 もちろん断るなんてできなかったよ。

 俺はと言うと、賞味期限が近づいている物から消費しなくて行けなかったので、適当な菓子パンで済ませたよ。


 あー、うん、分かってる。

 こんな世界だ、そう簡単に虫歯になるわけにはいかない。

 だからこそ小まめな歯磨きだ。

 戦闘中に虫歯痛い痛い病にでもなってみろ。死んでも死に切れんぞ。

 それに栄養バランスもそれなりに考えて、体調崩さないように工夫しなくてはならない。


 とりあえず、ムキュキュは今はいい。

 美味しいという感情を覚えたばかりだ、数日は楽しませてやろう。

 だけど、ある程度楽しんだらしっかりと俺が栄養管理してやるからな。


「ほーい。じゃあ、今日の予定をお話しします、いい子は静かに聞いておくように」


「ムキュッ!」


 僕はいい子です、と手を上げアピールしてくるムキュキュ。

 それにちゃんと俺の真似をして、正座をしている。これぞ和の心よ。

 あっ、足が痺れて…‥。


「よし、正座解除!」


「ムキュッ!」


 結局、二人して力が抜けるように楽な態勢へと座り直したのだった。

 そして、俺はスーパーで拝借しておいた地図をムキュキュに見せるように開き、とある一点を指さす。


「今日の最初は水浴びをしに行きます」


「ムキュ」


「残念なことに、この世界は水道が通っていないようです」


「ムキュ?」


「賢いムキュキュには今度詳しく教えてあげましょう」


「ムキュ」


「ということで、この地図に載っている本栖湖に向かいたいと思います。異論ある人~?」


「ムキュ!」


 はいはい、質問です。というように手を何度も上げるムキュキュ。


「はい、ムキュキュ君」


「ムキュキュ、ムムキュキュ、ムキュ?」


「はい、湖とは大きな水たまりです。以上、先生も詳しいことはわかりません!」


「ムキュッ!」


 分かりました! というように、悪戯っぽくニシシと笑うムキュキュ。

 可愛えぇ。


「んじゃ、行くか」


「ムキュッ」


 そうして、この場を綺麗に片付けた俺たちは本栖湖に向かうことになった。

 汗びっしょり、服も洗いたい、石鹸の準備よし。


 もう湖に行くしかないでしょ。

 近くにある川にいかない理由は簡単。


 なんか湖の方が綺麗な気がするから。以上。

 深い理由なんてキャンパーに聞くな。


「ムキュ」


 俺の後頭部に乗っていたムキュキュが恐ろしいことを言い出した。


「後頭部でそのままおしっこするなんてダメです。その辺の地面にしなさい」


「ムキュ」


 ものわかりの良い子だ。

 俺はムキュキュを近くの草むらに連れて行き、そこでおしっこさせたのだった。




 ******************************




 心地の良いハーミの不規則なエンジン音が、俺の心を癒してくれる。

 あー、やっぱハーミは最高のバイクだよ。

 終末世界になった今でも、俺の心に付き添ってくれたのはお前だけだよ。


「どうだ? ムキュキュ」


「ムキュ?」


「バイクは気持ちいだろう?」


「ムキューッ!」


 後頭部ではなく胸元の服の中に納まっていたムキュキュが、ぴょこんと顔を出し軽快な返事をしてくれた。

 表情と声が物語っている。

 これはムキュキュもバイクが好きなようだな。

 本当に以心伝心だな、俺たち。まだ会って二日目だけどさ。


 俺たちは駆け足で凸凹な道路を抜け、再びバイクで本栖湖へと向かっていた。

 バイクが走れそうな道までくれば、あとはもうすぐだ。

 ムキュキュも最初はバイクに不安を抱いている様子だったが、今はもうそんな心配はない。

 この瞬間にムキュキュは俺の完全な同志となったのだから。


「ムルン、ムルン、ムルン、ムルン、ムッ、ムッ、ムッ、ムッ、ムムムムムムム」


 先ほどからムキュキュが口ずさむのは歌ではなく、ハーミのエンジン始動音だ。

 はははッ、この良さが分かるかムキュキュ。

 本当にお前は最高だよ。


「グアィゥォィゥォッ!!」


 おっと、ゾンビ。

 とは言っても、俺には敵ではないのだよ。

 まあ、殺す前にスキル【脅迫】発動っと。


「グェッ!?」


 バイクの周囲を周回させている万氷球独楽に凍らされ、一瞬で氷の屑となり、風に乗ってその体は消えていく。


 やっぱりライフの能力はぶっ飛んでるよ。

 都心で一日過ごして分かったけど、終末世界で悠々とバイク走らせているのは恐らく俺くらいなのではないだろうか?

 あの大型スーパー組は、それはもう絵に描いたような終末サバイバルをしている様子だった。

 強そうな白い猿に怯え、日々食料に悩まされていそうな日々。それにグループだって一つや二つじゃないだろう。

 ああ、考えるだけで禿げそうだ。

 やっぱり俺には優雅にバイクを走らせ、ソロキャンプする方が性に合っているのかもな。


「ムキュキュ! ムキュムムキュッ!」


 主は強い! 超強い! って言ってるムキュキュ。


 違うぞ、ムキュキュ。

 強いのは俺じゃなくて、前世のライフだ。

 何でかは分からないが、たまたま俺が使えているだけで……うん、なんか借り物の力で強いって言われると少し複雑な気分だよね。

 まあ、これも隣の芝生は青い現象なのかもな。


 他の人が俺を観たら、たぶん誰だってこの能力を羨む。

 逆に、俺は違う人を羨んでしまうのだろう。


「おっ、ムキュキュ」


「ムキュ?」


「本栖湖まであと三キロだってさ。うーんとな、もうちょっとで到着だ!」


「ムキュキュッ!!」


 やったぁーって言っているよ。


 おっ、ゾンビ。

 とりあえず【脅迫】発動っと。

 ……まあ、すぐにどこ吹く風となって消えていったよ。


≪レベルが上がりました≫

≪職業:黒煙魔法師のレベルが上がりました≫

≪スキル:アラームのレベルが上がりました≫

≪スキル:怪人七面相セットのレベルが上がりました≫


 おぉ!?

 何か一気にレベルが上がったぞ?

 それに「とりあえずスキル発動」でもレベルって上がるんだな!

 これは嬉しい誤算だ。

 怪人七面相セットはあまり使う機会がなくて、このとりあえず発動作戦で上がらないか試してたんだけど、マジで上がったよ。


 それに【アラーム】も常時発動を続けていて良かったよ。

 ようやくレベル3だ。

 これでまた一段と効果範囲がグンと広がったな。


 うん、順調に最強ルートを歩みつつある逢坂氷一郎、若干二十二歳の男、彼女なし。

 俺は一体、どこへ向かうのだろうか……。


 などと考えていると、ついに俺たちは本栖湖へと到着した。

 水辺に行けそうな場所を見つけ、俺は一度バイクを降りた。砂利道はバイクを押しながら進み、適当な場所で止める。


「よーし、ムキュキュ。ちょっと俺は確認することがあるから、そこら辺で遊んでていいよ」


「ムキュ?」


 一緒に遊ばないの? と聞いてくる。

 が、すまんムキュキュ。

 俺には生き残るために検証という大事な作業があるんだ。

 少しの間一人で遊んでてくれ。


 そう考えながら、頭を撫でてる。

 すると、言葉を発さずとも理解してくれたのか、一人で書けるようにパシャパシャと湖の波で遊び始めたのだった。


「よし、俺は俺のやるべきことをやるかな」


 ポケットからステータスカードを取り出す。


 ――――――――――

 名前:逢坂氷一郎

 レベル:4

 職業:黒煙魔法師Lv.4

 スキル:ファイアポイントLv.1、煙幕Lv.2、消化Lv.1、ペットLv.1

 EXスキル:アラームLv.3、タンスLv.1

 セットスキル:怪人七面相セットLv.2(変面、盗み聞ぎ、ゼロスティール、七変装、脅迫、武人、拳銃・偽)

 状態:人間(正常)

 称号:【◆の◆◆】◆◆◆◆、【◆・◆◆】、【悪魔王子の親】アバドン

 ――――――――――


 うん、アナウンスの通りだな。

 基礎レベルと職業レベル、それにスキルが二つ上がった。


「よーし、試すぞー」


 意気込むように片腕をぐるぐると回していた。

 その時だった。


「ハァ……ハァ……ハァ……やっと……見つけましたよ……氷結さん」


 本当に突然だった。

 俺の背後からいきなり人間の反応があったのだ。

 何というか地面からヌルッと出てきたような、そんな反応の仕方だった。


 てか、氷結さんって俺のこと?


 そんな疑問を抱きながら、恐る恐る振り返ってみると。

 そこには――。


「俺?」


「はい、ようやく見つけました、バイクなんて卑怯ですよ。あっ、すいません、自己紹介がまだでしたね。私の名前は紫森ねむ、十八歳のピチピチな高校生です……まあ、元ですが」


 それは到底十八歳とは思えないような低身長のキャップ帽女子が、両膝に手をつき息を切らしていたのだった。


 てか、なんでそんなに息切れてるの?

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