第30話 バール、ロニを受け止める。

「バールッ!」


 老魔術師の声が聞こえた気がしたが、それを確認する前にロニの放った光線が俺を撃った。

 身体を焼く高熱と、体を分解する魔法の力が俺の身体を直撃し、消し去ろうとしてくる。


 ああ、なるほど。これがエマ=スを襲った魔法の正体か。

 これを受ければ、竜とてひとたまりもあるまい。

 そして、堕ちゆく白竜に、また罪悪感と諦念を募らせて……深く暗いところへ沈んでしまった。


 ……だったら、俺は死んでやるわけにはいかないな。


「オオオオオオッ!」


 光に焼かれながら、『魔神バアル金梃バール』に怒りを込めていく。


 ロニにこんな選択をさせた奴を絶対に許さない。

 ロニにそんなくだらない願いを望ませた奴を絶対に許さない。

 ロニにあんな涙を流させた奴を絶対に許さない。


 許さない。許せるわけがない。

 だから、壊そう。そう、俺は壊して前に進む者なのだから。

 力を恐れ、弱くなっていた


「全部持っていけ……ッ! 俺は〝魔神バール〟……ッ! 全てを壊し、全てを殺し、全てを奪って……全てを、取り戻すッ!」


 『魔神バアル金梃バール』の表面が勢いよく砕け爆ぜ、真の姿を露にした。

 同時に俺の肉体も変質し、鎧も取り込んで魔神に相応しい姿へと変貌していく。


「ロニ……ッ!」


 光輝に晒されながら、俺は一歩、また一歩と足を前に出す。

 身体は崩壊と再生を繰り返し、脳髄を焼き切らんばかりの痛みが走り続ける。

 それでも、全てを受け止めて前に進んだ。


 近づく俺に、一歩後退るロニ。


「こないで」


 拒否の言葉も、今は聞かない。

 ただ、破壊と痛みの中を前に進む。

 俺はロニに示さなくてはならないのだ。


 ──今度こそ、絶対に倒れないのだという事を。


 いつの間にか、光輝は俺を焼かなくなり目の前には大剣を構えるロニ。


「バールは負けたの。バールが負けたからわたしも負けたの」

「俺は、負けちゃいない」


 そう、まだだ。

 まだ、戦いは続いている。

 この〝淘汰〟にまつわる戦いに、負けてはいない。


 ロニの揮う大剣が俺を切り裂かんと迫る。

 それを手で受け止めて、握り砕く。


「やだ……! 負けたのよ。負けたから、わたし……は」


 砕ける大剣を前に、無表情のロニがまるでうわごとのように言葉を紡ぐ。

 その揺らぎを、俺は『魔神バアル金梃バール』を通して秘かに捉えた。


「ロニ、俺はお前を取り戻す」

「いや、来ないで……! わたし、わたしは……戻れない、よ」


 砕けた大剣を力任せに奪い取って、床に放り投げる。

 こんなものを持たせやがって……ロニにこんなものは似合わない。


「戻るんじゃない。進むんだ……!」


 『魔神バアル金梃バール』の能力でを周囲に押し広げていく。

 血の色のような原初の恐怖を彷彿させるそれをロニに向けることに、俺は少しの躊躇もしなかった。

 これが、俺なのだ。俺の中で渦巻く、俺が隠したかったもの……ロニに見せたくなかったもの、それが故に自分自身から遠ざけたもの。


 つまり、弱さだ。


 そして、俺は目当てのモノを見つける。

 温かで柔らかい鼓動を繰り返す、ロニの存在そのものを。

 そこに無遠慮に穿たれた、紅く汚らわしい棘を。

 ロニを暗闇の絶望に縫い留めるそれを。


「やだ……やだよ……。わたしに入ってこないで……!」


 無表情な顔が一瞬、崩れた。


「いま、助ける」


 『魔神バアル金梃バール』に力を流し込んで、ロニの『中心』を掴む。

 そして、そこに深く食い込む紅い棘を引き抜くべく、俺はそれに触れた。

 深く深く突き刺さったそれが、ロニの心を閉ざせるに充分な痛みの記憶を俺にも伝えてくる。


 フラッシュバックするように複数の映像が目まぐるしく切り替わり、耐えがたい苦しみと、悲しみと……そして怨嗟の言葉を俺の中に反響させる。

 俺ですら、全て終わらせたいと願ってしまいそうな絶望の渦が、絶え間なく心を押し流そうと蠢く。


 ロニ、よく耐えたな。

 こんな絶望は、もう捨ててしまおう。


 そして、同じだけの絶望を……いや、それ以上の絶望と苦しみをあのクソ野郎に返してやる……ッ!


 俺の怒りが『魔神バアル金梃バール』に流れ込み、ロニの中心を貫く棘を掴む。

 『命』と『存在』をぶっこ抜く『魔神バアル金梃バール』だが、その力を完全にコントロールした今の俺になら、できるはずだ。


「ああああああ……ッ」


 ロニが苦悶に顔を歪める。

 絶望をロニに縫い留める紅い棘が、鋭さを増して引き剥がされまいとしているのだ。


「抵抗は無意味だ『ズヴェン』! ロニを返してもらう!」


 紅い棘を操る者の名を呼んで、俺は『魔神バアル金梃バール』に命じる。

 こいつを、引きはがせと。


 そして、『魔神バアル金梃バール』は嬉々としてそれを成した。

 ずるりと抜けた紅い棘が、現実世界に出現する。

 それを俺は金梃を一振りして砕き散らした。


 膝をつき、崩れ落ちるロニを抱き止める。


「おかえり、ロニ」


 俺の言葉にロニが小さく頷いて、微笑む。


「もう、遅いよ、バール」

「すまん」


 小さく笑い合って強く抱擁しあう。

 そうして、俺達はお互いの存在を確かめ合った。

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