第17話 バール、風呂でいちゃつく。

 『ズヴェン』の事をクライス達に頼んでから一ヶ月が経とうとしていた。

 今のところはそれに関して有力な情報もなく、ニュースといえば【勇者】と『神勇教団』の話ばかりだ。

 『神勇教団』は教会や教会派の貴族と対立を深めているらしいが、【勇者】たちの活躍は明るいニュースとしてトロアナにも届けられていた。

 例えば、昨日届いた情報によると、【勇者】の活躍でクルドック領に安全宣言が出されたらしい。

 あそこは冬期、氷蛙フロストフロッグが大量発生して非常事態宣言が出やすい場所だったが、今年は【勇者】の一人がその巣を破壊して回ったらしい。

 リードよりもよっぽどまともな活躍をする勇者だ。


 さて、『ズヴェン』のことは気がかりだが、迫る冬の準備もしなくてはならない。

 俺達にできることは少なく、結局は何か起こるまでは待つことしかできないのだ。


「食糧庫、ぱんぱんになったよ」

「おう。薪もだいたい終わった。あとは──」

「あとは休もう」


 次の作業を考えていいると、ロニがそう言って俺の手を引いた。


「バール。落ち着かないのはわかるけど、働きすぎだよ」

「そうか?」

「この薪……たぶん来年の今頃も残ってるよ」


 薪小屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた薪小屋を指して、ロニが苦笑する。

 どうやら、知らず知らずのうちに俺は焦っていたようだ。


「じゃあ、今日はこんなもんにしとくか」

「うん。今日はおしまい! 天気もちょっと悪いし、おうちでだらだらしよう」

「そうだな。すまん、ロニ。気を遣わせた」


 問題解決を急ぐあまり、気ばかりが逸ってしまう。

 それでロニを心配させたら意味が無いのに。

 まったく、俺ってやつは。


「バール、湯気出てるよ。湯気」

「ん?」


 無心で薪割りをしていたせいか、肌が露出している部分からは湯気が立ち上っていた。

 これも冬の風物詩だ。


「頭からも出てるよ。あ、そうだ……今日はこのままお風呂にしよう」

「おいおい、まだ昼になったばかりだぞ?」

「いいじゃない。もう今日は何もしないって決めたんだし。頭洗ってあげるから! ほら、行こ」


 俺の手を引いて、小屋敷に誘うロニ。

 引かれるがまま、扉をくぐると『俺達の匂い』がした。

 当初、訪れた時は幽霊ゴーストの巣窟だったここも、すっかり俺達の『我が家ホーム』だ。


 ──俺の帰るべき場所。


 故郷を出て冒険者になったとき、まさかそんな場所ができるなんて思いもしなかった。

 冒険者は自ら危険に突っ込んでいって、リスクと報酬のバランスゲームをするような、ヤクザな商売だ。

 どこで野垂れ死ぬかわかったもんじゃないし、拠点を移せば居場所も変わる。

 寝床はあっても、そこに帰るかどうかなんて帰るまでわからない生き方なのだから。


「あ」


 脱衣所についたところで、俺の手を引いていたロニが急に立ち止まった。


「どうした?」

「タオル。畳んだまま持ってくるの忘れてた。とってくるから先に入ってて」


 ぱたぱたと足音を立てて、ロニが廊下を戻っていく。

 どうしてこう、俺の恋人は足音まで可愛らしいんだろう。


 ロニの背中を見送ってから、汗で濡れた服を籠に放り込んで浴室に入る。

 冬場のひんやりした空気が、火照った体には少し心地いい。


「よっと」


 石造りのバスタブには、すでに湯がなみなみと張られている。

 というか、抜かない限りはずっと張りっぱなしだ。

 説明を聞いてもいまいちわからなかったのだが、地下水脈から湯を汲み上げて、それをまた地下水脈に戻して循環させているらしい。


 ちなみに何故、こんな立派な浴室があるのかというと鍛冶屋のボッグが暴走したからだ。


 当初、この小屋敷に浴室はなかった。

 それ故、ここに来た当初は湯を沸かして体を拭いていたのだが、やはりシャワーを浴びたい時もある。

 それで、屋敷の端にある一室をシャワールームに改造できないか……とボッグに相談したのが運の尽きだった。

 ドワーフは鍛冶屋としても優秀だが、建築士としても優秀な人材が多い。

 そう考えたゆえの浅慮だった。


 そう……知らなかったのだが、ドワーフというのはどいつもこいつも無類の温泉好きで、そもそも工房だって温泉が湧くところにしか構えないらしい。

 つまり、ボッグもその兄のガガド親方も地下工房の奥に専用の温泉施設を持てるということだ。


 ……それで、だ。

 誰か紹介してくれないかと相談しに行った俺に「シャワールームだぁ……? オレ達ドワーフをナメてんのかバール! そんな中途半端なもん許さねぇぞ!」と怒鳴ったボッグは、弟子やらなんやらを動員して、本格的な浴室をあっさりと拵えてしまったわけである。


 ……おかげで俺もロニもすっかり風呂好きになってしまった。


「おまたせー……て、あっ! もう洗ってる!」


 椅子に座って身体の汚れを落としていると、背後からロニの声。


「髪はまだだぞ」

「私は背中も流してあげたいの!」


 視界の端にちらりと踊る褐色の肌と黄金の髪。

 それに目を奪われていると、あっという間に手ぬぐいをひったくられてしまった。


「んふふ……」

「わかったわかった。まかせた」

「まかされました」


 俺の身体が不自由だったころの名残か、ロニは俺の身体や髪を洗いたがる。

 体調が良くなって「自分でできる」と言っても、一緒に入ればこうして背中を流そうとするのだ

 ……ロニが楽しいならそれでいいんだが。


「んっふっふー。全身洗っちゃうもんね」

「背中だけでいいんだぞ、ロニ」


 返事代わりに返ってきたのは、背中への柔らかな感触。


「じっとしてて、ね?」



 * * *



「うー、もう……バールったら」

「すまん。でも、煽ったロニが悪いんだぞ?」


 恋人同士の洗い合いが終わり、すっかりふにゃふにゃになったロニを抱えながら、湯につかる。

 愛おしくて、ゆるゆると腹を撫でやると、まだ少し余韻が残っているのか小さく艶っぽい反応が返ってくる。


「む、バールのえっち」


 口をとがらせて愛らしい抗議をするロニにの首筋に、俺は無言で口づけをして返事をした。


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