第5話 バール、得物を手にする。
「おう、来たか。バール」
ボッグの工房に行くと、ドワーフ鍛冶は朝だというのに酒瓶を二つすでに空けていた。
「例の物を取りに来た」
「わかってる。そろそろじゃねーかと思ってたんだ。ちび金が代金を置いてったからな」
「ロニが?」
「おう。おめぇのヘソクリじゃきっと足りてないからってよ。あれはいい女房だな!」
豪快に笑いながら、ボッグがトルソーに飾られた鎧を親指で示す。
黒を基調としてところどころに青みがかった部分がある、
さて、俺の発注した鎧はこれだったか……?
フィニスの時に仕留めた
「
鎧を前に得意げな顔で説明をするボッグだが、俺は疑問で頭を一杯にした。
「待て、ボッグさん。こんな素材、俺は知らんぞ……!?」
上位竜の鱗なんて、普通はまず出回らない。
それが一体どういう経緯で、俺の鎧に加工されてるんだ?
「確かにおめーから預かったのは
一拍おいて、ボッグが続ける。
「匿名で素材が提供されたんだよ。おめーに使ってくれって」
「匿名? こんな貴重な素材をか?」
「おう。王侯貴族と関りでもあんのか? こんなもん、ポンと出せる奴ぁそういねぇぞ」
あるとすれば、サルヴァン師……次いでバーグナー伯爵だろうか。
ただ、鎧の装甲に使えるような大鱗は王侯貴族でも、おいそれと手が出ない値段のはずだ。
それこそ、こんなものをぽんと出そうとすれば王様くらいの……ん?
待てよ、あの手紙。王家の印章がバッチリと押されたアレ。
もしかすると、これの事について何か書いてあったんじゃないか?
これはまずいぞ。
「これは受け取れんぞ、ボッグさん」
「なんでぇ、せっかく拵えたってのに」
「そうはいっても、
これが何かのクエストの前金って可能性だってある。
武装商人のマヌエラだって口を酸っぱくして「タダより高い物はないんだよ!」なんて言ってたし。
「これがダメってなるとよ、鎧なしで仕事に行くのかよ?」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれた。
今から鎧を発注してもいいが、トラヴィの森の奥に踏み込むにはいささか不安がある装備になるだろう。
完全に復調しているとはいえない上、装備の不足でロニを守れないでは話にならない。
最低限、鎧と武器は納得のいくものを揃えておきたい。
「それに武器だって提供された素材で作っちまったしな。難しいこと考えないで有難く頂戴しとけばいいんだよ」
俺を鎧の前に押しやるボッグ。
艶のある装甲、どこか野性的な意匠と、追及された機能美。
さすがボッグとしか言えない仕上がりで、最高だと思う。
しかし、出所不明の素材がどうしても気になる。
「調整しねぇといけねぇから、さっさと着ろ」
「しかし……」
「諦めろ。いいか、バール。必要な時に、必要なもんが揃うってのは、それがおめーにとって必要だからだ。オレらドワーフの武具はそういう風になってんだ」
酒をあおりながら、ボッグが鎧をコンコンと叩く。
「コイツが、今のおめーに必要だから、オレの手元に素材が揃った。だから、おめーはこれを着て、おめーの仕事を片付けりゃいいんだ」
不思議な話だ。
かつて聞いた『聖剣』の話にどこか似ているような気がする。
「……わかった。ボッグさんの言うとおりだ」
「んだろ? ほれ着ろ。バランスを確認するからな」
言われた通り鎧を一つ一つ装着していく。
着心地は最高の一言に尽きる。
まるで、一体化するようなフィット感に加え、重厚な見た目に反した軽さだ。
「前の鎧同様、左腕の腕甲にはぶ厚めの装甲をつけてある。右腕はちょっと面白いぜ」
重心バランスはとれていて全く気にならないが、右腕の腕甲はやや刺々しいワイルドな形状をしている。
「握り込んで、捻ってみろ」
言われた通り、ぐっと握り込んだまま軽く捻る。
と、腕甲から鋭利な突起が勢いよく飛び出た。
「
「これはすごいな……!」
鎧の着心地を確認していると、ボッグが武器を俺に差し出す。
「前の得物をなくしたって聞いたんでな」
「ああ、助かる。しかしこれは……」
苦笑を浮かべながらそれを手に取って、軽く振ってみる。
それは武骨な鉄棍棒だった。
長さは5フィートほどで、先端は小さく直角に曲がってその先には尾割れがついている。
「材質は
重量バランスもいい。
おさまりのいい重さと長さ。手に馴染む。
まったく、この名工は冗談が過ぎる。
「結構苦労したんだぜ? やっぱりよ、おめーはそれを持ってねぇとな」
鞘代わりとなる専用の革袋を俺に差し出して、ボッグが豪快に笑う。
「〝
「ありがとよ、ボッグさん」
礼を言いながら、やはり俺は笑いを止められなかった。
さて、二度目の再出発も……金梃スタートだな。
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