第48話 バール、夜のとばりに飲まれる

「むぅ……?」


 デクスローが、魔法を唱える手を止めた。

 それもそうだろう、いきなり周囲の環境が変われば集中も途切れるというものだ。

 俺とて、ほんの一瞬動きを止めてしまった。


「空が染まっていく……?」


 空のある一点を黒く何かが染めたかと思ったら、それが滲むように広がって周囲を闇に包んでいく。


「……『夜のとばり』じゃ! まずいぞ!」


 俺達に警告を飛ばしながら、デクスローが照明となる<ライト>の魔法をいくつか打ち上げる。

 それに照らされたのは、地面から次々と湧き上がる大量の骸骨スケルトンの姿。

そして、その中には武装した骸骨騎士スケルトンナイトや得体のしれない大型魔獣の骸骨スケルトンの姿も見られた。


「なんだと……!?」


 あまりの事に、唖然としながらも周囲を蹴散らしながら馬車にまで戻る。

 後方にいたサポートチームもこちらへと駆けてきた。


「デクスロー、『夜のとばり』ってのは?」

「伝説の死者の王リッチが使ったとされる、宵闇を引き寄せる魔法じゃ!」


 <防壁>の魔法で攻め来る骸骨スケルトンを押し留めながら、デクスローがうなる。

 つまり……昼の優位性を完全に覆されたということか?

 それでもって、死者の王リッチだと?


 くそ、状況の見積もりが甘かったか。まさか、すでに死者の王リッチに至っているとは。

 いや、敵が移動を開始していた時点でこれを考えるべきだった。

 おそらく死者の王リッチはこのままフィニスに移動して命をすすり、死の舞踏ダンスマカブルを始めるつもりだろう。


「マリル、カリル。『ターンアンデッド』を維持できるだけしてくれ」

「はい/はい」


 聖印を掲げ、祈りを始める姉妹を横目にみつつ、担いだ金梃に力を込めて『狂化』に少しばかり火を入れる。


「ダッカス、撤退のタイミングを任せる」

「今すぐ撤退したいッス!」

「ダメだ。出来るだけ数を削いでおきたい」」


 率いられるアンデッドの数は、そのまま骸骨王スケルトンキング──死者の王リッチの強さに反映される。

 ここで数を減らしておけば、死の舞踏ダンスマカブルに至るのを止められる可能性だってあるはずだ。


「天におわします/聖なる主よ──」

 双子司祭の『ターンアンデッド』が迫る骸骨スケルトンが次々と光に変えていく。しかし、いかんせん処理速度が間に合っていない。


「わたしも、始めるよ」


 <結界>では処理しきれないと見たロニも加わり、周囲に溢れる『ターンアンデッド』光が強くなる。


 それでも、進み来る連中がいる。

 骸骨騎士スケルトンナイト達だ。

うっすらと身体にまとう煙のようなモノが、『ターンアンデッド』の光を遮っている。

 ……これが死者の王リッチの眷属たる証左か。


「デクスロー、<防壁>の維持を。ダガンとノーギスは物理的にここを死守してくれ」

「了解」

「心得た」


 黙ってうなずく頷くデクスローと、二人の【騎士】たち。

言葉少なげだが、盾をしっかり構えてロニ達【司祭】の前で壁となる。


「俺は、行く……ッ!」


 <防壁>の効果範囲から飛び出して、接近していた骸骨騎士スケルトンナイトに向かい、勢いを乗せて金梃を振るう。

 骸骨騎士スケルトンナイトは生意気にも盾で防ごうとしたようだが……たかだか骨風情が……耐えられるものか!


「諸共に吹き飛べ!」


 『魔神バアル金梃バール』が盾ごと骸骨騎士スケルトンナイトを折り曲げて、その身を打ち砕く。

 そいつはその瞬間に『ターンアンデッド』の光に触れて消えた。


 なるほど。

 原理はよくわからないが、対処はよくわかった。

 とにかく、殴ればいいんだな?


「うおおォォッ!」


 咆哮の衝撃波で骸骨スケルトンどもを散らしながら骸骨騎士スケルトンナイトに飛びかかり、力任せに叩き、砕き、踏みつぶした。

 骸骨騎士スケルトンナイト同様に暗いベールを纏った骸骨スケルトンもいたが、お構いなしに突進して轢き潰していく。


一度砕けたそいつらは、『ターンアンデッド』の光で次々と空に消えていった。

 骨だけのくせに骨のない奴らだ……脆弱すぎる。


 そのまま暴れ続け、周囲の骸骨スケルトンを屠る俺に、ゾワリとした悪寒が走った。


「……!」


「──…… …… …」


 濃厚な死の気配を含んだ、声ならぬ声が響く。

 耳に残る大きな声であるようなのに、まるで囁くような声だ。


 気配に目を凝らすと、平原の一部が見る見るうちに枯れ、じくじくと汚泥のようなものが広がっていった。

 そこに残っていた骸骨スケルトンが殺到し……骨の山となる。


「…… … ……」


 心を不安にさせる声を響かせながら、そいつは汚泥からずるりと起き上がり……骨の山から出現した禍々しい『骨の玉座』に腰を下ろした。


「気味の悪い奴だ……!」


 磨かれたように真っ白なしゃれこうべ。

 その頭には錆びついた王冠。

 風もないのにゾワゾワと動くローブの隙間から覗く、細く節くれだった手足。


「…… …… ……」


 ざわめきのようなささやきが響くと、先ほど俺達を取り囲んでいたのよりもずっと大量の骸骨スケルトンが、玉座の周辺から乾いた音を立てながら湧き上がる。

 それらは俺達をあっという間に取り囲んでしまった。


「バールさん、やばいッス! 囲まれたッス!」

「ごめん、もう/魔力が……ない」


 双子司祭の魔力が尽きはじめて、『ターンアンデッド』の光が徐々に弱くなっていく。

 ロニもそろそろ厳しそうだ。


「ダッカス、骨どもを叩き壊して道を作る。撤退だ」

「了解ッス」


 身構えた瞬間、死者の王リッチが細長い指で何かを指さした。

 それに反応したかのように、骨が押し寄せる。


「…… … …… …」


 相変わらずしわがれた囁き声で聞き取りにくいが、その指の指し示す先は……ロニだ。


…… … …… …セイジョヲコロセ


 今度は、はっきり聞こえた。


「狙いはロニか……ッ!」


 俺の呟きに、死者の王リッチがカタカタと顎を鳴らして嗤った。

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