第15話 バール、まずいことになる
告げられた言葉に、逆の意味で息を飲んだ。
耳にしたことがない、未知のジョブ。
戦士とついているからには、きっと冒険者に適した戦闘職なのだろうが……。
「スキルはえーっと、戦士系のはそのままだね。あと……『狂化』っていうのがあるよ」
「知らないスキルだ」
「……ウソだね?」
俺の瞳を覗き込むロニが、その視線を強くする。
あれ、『鑑定』ってそんなことまでわかるのか?
「……そう怒るなって。俺にだってよくわからないんだ」
「あのすごい戦闘力は、このスキルのせい?」
「多分な」
曖昧ながらもうっすらと覚えている。
そして、手に残る感覚と体の奥でくすぶる昂揚感が、危険なそれをどうしようもなく実感させるのだ。
「言いにくいけど……あまり、いいスキルじゃないと思う」
「だろうな。今もオンオフの切り替えがうまくいってないのか、どうにも落ち着かない。酒で誤魔化せればいいが」
三杯目の
「戦ってる最中も、ちょっと様子が変だったし……」
現状、あの戦闘中の自分をあまり自覚出来ていない。
ただ、この手に残るおぞましい快感。命を抜き去る手ごたえ──それをまた得たいという衝動がちらつく。
例え、あれが人の手に余る力だとわかっていても。
「ま、お互い命拾いしたんだ。結果オーライとしようぜ」
「バールの脳筋。ちゃんと考えないと、後々になってひどい目見るんだからね?」
「へいへい」
生返事をしながら、ジョブ変化の原因についても考える。
……いや、考えるまでもないか。
この金梃が、何かを起こしたんだ。
コイツは……何なんだ?
そもそもにして、よくよく考えてみればこの頑丈さは異常すぎる。
経験を積んだ【戦士】の俺が力いっぱい振り回して、曲がりも歪みもしなければ、
「バール? どうかした?」
「いや、なんでもない。少しぼーっとしちまったようだ」
「やっぱり疲れてるのよ。この位でやめといて、撤収しましょ」
新たにテーブルに運ばれたジョッキの中身を一息に飲みほしたロニが、ジョッキを持ってきた店員にその場で勘定を手渡す。
「ほら、行こ?」
「ああ。帰るか」
ロニと二人、フィニスに比べると灯りの少ないトロアナの道を歩きゆく。
街灯やかがり火こそ少ないが、そこらかしこから笑い声などが聞こえ、家々からは灯りが漏れていて、トロアナの活気が感じられる。
だが、拠点とした小屋敷に近づくにつれて徐々にそれらは少なくなり、到着する頃には虫の音と暗闇だけが俺達を出迎えたのだった。
* * *
「……うーむ」
拠点に戻って小一時間程。
湯で体を清めて自室のベッドに寝転がってみたものの、眠気は一向に訪れなかった。
普通、今日くらい派手に動けば眠気などすぐに来るはずなのに、どうにも落ち着かない。
まぁ、原因はおよそ見当がついている。
俺が新たに得たスキル──『狂化』だ。
おそらく、まだ完全にオフになっていないのだろう。
これは予想だが、あれは色んなもののタガを外して人の潜在能力を引き出すスキルだ。
そして、自由自在に操るには習熟が必要なのが、スキルというもの。
覚えたてのスキルをいきなりフルに使ってしまった影響が、まだ体に残っているってことだろう。
いずれにせよ、眠れないならそれが訪れるまでじっと待つのは俺の性質ではない。
あの引きずり込まれる様な破壊衝動や殺戮衝動はなりを潜めているが、代わって生理的な欲望が増大している。
本質的に、俺という人間の性質を突き詰めると、そういった単純なものに集約されるのかもしれない。
戦いの最中であれば、全てを壊し殺し……そうでなければ、獣の如き欲だけが残る。
はぁあぁぁ……マーガナスに野蛮だとなじられても仕方ないのかもしれないな。
よし、落ち込むのは後だ。
酒場まで戻って少しばかり飲み直し、その足で花街にでも繰り出そう。
思うまま飲んで、食って、抱けば……悩みなど明日の朝には吹き飛んでるに違いない。
行こう行こう~。
「どこ行くの?」
「……!」
忍び足で扉を開けたところで、即ロニに発見された。
バカな……いくらなんでも早すぎる。
「ちょっと、厠に……?」
「街着に着替えて?」
「外は……冷えるだろ?」
こちらを疑わし気に睨むロニは、寝間着らしい真っ白で薄い生地のチュニックを着ている。
身体にフィットしたそれは、ロニの柔らかな女性の輪郭を浮かび上がらせて、理性が薄っぺらくなっている今の俺にはいささか目の毒だ。
「バール、今日は流石に休まないと」
「いや、わかってはいるんだけどな」
「こら、ちゃんとこっちを見て」
逸らした俺の顔を両手でつかんでまっすぐしようとする。
ロニの柔らかな手の感触が、滑らかで触り心地がよさそうな褐色の肌が、いい匂いのする美しい金の髪が……俺を支配しようと押し寄せてくる。
「バール? どうしたの?」
「回れ右して部屋に戻れ、ロニ」
「具合悪いの? 様子が変だよ?」
そりゃ、様子も変になる!
このままじゃ、もっとおかしなことになるぞ!
「ホントに大丈夫?」
「……ロニ、詳しい事情は言えないが、今お前はとても危険な状態にある。部屋に戻って、鍵をしっかり閉めてすぐに寝るんだ」
「ちゃんと説明して。わたし達、バディでしょ」
ロニが俺を軽く抱擁する。
落ち着かせようってつもりだろうが、今は逆効果だ!
広がる柔らかな感触が、俺の理性をゴリゴリと削ぎ落していく。
「──『狂化』だ」
「え」
「森の時みたいな暴走はしない。……しない。しないが……!」
こうも密着してしまえば、ロニも気づいてしまったようだ。
顔を真っ赤にして、視線を上下に行ったり来たりさせている。
「はわわわ……」
どこかで自分の理性が途切れる音を、俺は確かに聞いた。
その後の事は、覚えていない。
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