第13話 バール、事情聴取を受ける

「む……」


 気が付くと俺はいつの間にか森を出ており、かつ担架に横になっていた。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームは仕留めきったのだろうか?

 うっすらと手ごたえは残っているのだが、どうにも記憶があいまいだ。


「バール!」

「ロニか。どうなった?」


 何気なく体を起こすと、面白いほどに世界がくるくると回った。

 普段頑丈な俺が目を回すなんて、相当無茶をしでかしたか?


「おおう……」

「いっぱい血を流したんだから無理しちゃだめだよ」


 ロニに支えられ、なんとか持ちこたえる。


「どこまで、覚えてる?」

硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームに吹っ飛ばされたあたりまでは、鮮明に覚えてるんだが、そこからいまいちはっきりしないな。ぶん殴ってやった記憶はうっすらあるんだが」

「バールが硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームを倒したんだよ」


 倒した?

 あのボロボロの状態からからか?


「俺が?」

「うん」


 そんなバカな。

 硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームだぞ。

 低位とはいえ、曲がりなりにも竜族に連なる魔物モンスターだ。

 それを一人で討ち果たすなど人間技じゃないし、俺はそこまで人間やめてない。


「途中から、ちょっと様子がおかしかった」

「それは、自覚がある」


 奇妙な昂揚感が、いまだに体の奥底で小さく燻っている。

 戦いの熱は冷めているが、どうにも落ち着かない気持ちだ。

 体の違和感に首をひねっていると、見知らぬ男が俺の前に姿を見せた。


「起きたか」

「あんたは?」

「ギルド公認調査官のメンディだ」


 なるほど、マントには冒険者ギルドの紋章が入っている。

 偉そうな態度も公認調査官というならうなずける。

 何せ、彼等は冒険者に対する無条件の逮捕権すら持つ、上位のギルド職員なのだ。


「お前が硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの討伐を果たしたと報告を受けた。詳細を話してくれ。嘘偽りなくな」


 さて、何を疑われいるのやら。


「薬草採取のクエスト中に硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームと遭遇し、交戦した。討伐については記憶がない」

「こちらのロニさんは君が討伐したと証言しているし、一部の冒険者がお前と硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームが交戦するのを見たと証言している。ただ、どうやって討伐を果たした? お前の武器は……それだろう?」


 メンディと名乗った調査官が傍に立てかけてある金梃を顎で示して、胡乱なものを見る目をよこす。

 まあ、これは疑われても仕方がないか。


「こっちが聞きたい。血を流しすぎたせいか、いまいち記憶が曖昧なんだ」

「……覚えがないと?」

「ない」


 実は嘘だ。

 金梃を視界に入れた瞬間、記憶が徐々に戻って来た。

 同時に、動悸が早くなるのを感じる。


「現状をどう説明する?」

「メンディ、いい加減にしろよ?」


 新たなに現れた影が、俺に詰め寄るメンディを引きはがす。

 ぼさぼさの赤髪に、顔を斜めに走るでかい三本傷。一時期、フィニスでもよく見た顔だ。


「クライス・モルガン……!」


 メンディが顔をしかめて一歩引く。

 トップパーティ『アルバトロス』のリーダー、クライス・モルガン。

 王国において勇者候補のリードリオンと人気を二分する超有名人にして、『モルガン冒険社』の社長。


「こいつを問い詰めたところで解決する問題じゃねぇだろ?」

「そうはいかない。硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームが森の浅い部分に出現したというのも問題だし、それをどうやって討伐したかも問題だ。報告は正確でなくてはならない」

「事実として硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームは討伐された……それでいいじゃねぇか。トロアナの脅威を未然に排除した冒険者に対して、お前は礼儀がなさすぎるぜ」


 少し凄むクライスにメンディがヒステリクに応じる。


「Fランクの冒険者が硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームに遭遇して生き残ったということが問題なのだ!」


 そこが問題なのか?

 え、俺死んでないとダメなの?

 まったく、このメンディという男は何を求めているのか。

 よくわからないな。


「なんだ、メンディ。お前こそコイツを知らないのか? コイツならでかい蛇くらい叩いて潰すだろうよ。外に出ないでデスクにかじりついてるから冒険者の顔も覚えられねぇんだ、お前は」

「……このFランクが何だというのだ!」

「それも含めて宿題だ。さぁ、帰った帰った」


 クライスに追い払うような仕草をされたメンディは、悪態をつきながらしぶしぶといった様子で立ち去る。

 あまり得意なタイプの人間じゃないので助かった。

 あまりうるさいようなら、うっかり捻ってしまっていたかもしれない。


「いよぉ、久しぶりだな、バール。こっちに来てるなんて聞いてねぇぞ」

「ああ、クライス。久しぶりだ。助かった」


 握手を交わす。


「そちらの美しいお嬢さんは?」

「あ、わたし? ロニ。ロニ・マーニー。バールとパーティを組んでます」


 カーテシーよろしくロニがスカートを少し摘まんで会釈する。


「よろしく。オレはクライス・モルガン。ここらじゃあ、少し顔の売れた男だ」


 キザにウィンクするクライスに、ロニが顔をしかめる。

 おい、ロニ……もうちょっと気を遣ってやってくれ。

 似合ってないけど、本人はカッコイイと思ってるんだ。


「『パルチザン』を抜けたってのは本当なんだな」

「もう知ってるのか?」

「もう少し自分の話題に注意を払ったほうがいいぜ、お前。それで、どうやって硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームを叩いたんだ?」

「……ぶん殴って?」


 俺の答えにクライスが噴き出す。


「相変わらず過ぎて安心したぜ。ていうか、『パルチザン』抜けたんなら言えよ! 『モルガン冒険社うち』で仕事すりゃいいだろ」


 クライスの経営する『モルガン冒険社』は、多くの冒険者で構成された商会だ。

 個人単位、パーティ単位になることが圧倒的に多い『クエスト』というものを、をビジネスとして捉えていて、依頼達成の効率化と安定化を図る組織でもある。

 例えば、単一パーティでは達成困難なクエストでも『モルガン冒険社』なら即日編成して出発することができ、トラブルに対しての増員や後始末も迅速に行うことが可能だ。

 構成メンバーの訓練や福利厚生もしっかりしていて、その練度は冒険者というよりも冒険できる傭兵といったほうがいいかもしれない。


「あいにく、応募するための『冒険者信用度スコア』が足りなかったんでな」

「はあ? そう言えばさっきもメンディがFランクとかって言ってたな?」


 ジョークまじりの答えに、クライスが眉根を寄せる。

 細かい事情までは流石に伝わっていないか。


「話せば長くなるし、シラフじゃ無理だ。泣いちまうよ。……近いうちに一杯やろう」

「そういうことなら仕方ねぇ。近いうちにまた会おうぜ。……それと、うちのモンを助けてくれた礼もしないとな」


 どうやら、逃げていた冒険者は『モルガン冒険社』の関係者であったらしい。


「ロニちゃんも、また」

「おかまいなく」


 去り行くクライスに小さく会釈したロニが、くるりと俺に向き直る。


「じゃ、わたし達も帰ろっか」

「ああ、そうしよう。あ、でもその前に……冒険者ギルドで依頼達成と『冒険者信用度スコア』の加算に行かないとな」

「大丈夫なの? 明日でもいいんじゃ……」

「ついでにギルドの酒場で祝杯を挙げようぜ」


 なんというか、冒険初日から少しばかりハード過ぎた。

 節約せねばならないが、今日くらいは許されるだろう。


「おっし、街に帰ろうぜ」


 立てかけられた金梃あいぼうを拾い上げて、俺は担架から立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る