第2話 バール、決意する

 『パルチザン』の拠点を出た俺は、がっかりとした気持ちを抱えたまま、見慣れた大通りを歩く。

 目指すのは町の中央部にある冒険者ギルドだ。


 マーガナスが言っていたことの事実確認をしなくてはならないし、それが本当だった場合の身の振り方も考えなくてはならない。

 もし本当に放逐キックされていた場合、かなり重い処分が下っているはずだ。

 『冒険者信用度スコア』は相当低下しているだろうし、ランクの低下も免れない。

 考えるだけで気が重くなってきた。


「はあ……」


 酒場兼食堂も兼ねる、ざわつく一階エントランス部分を盛大なため息をつきながら突っ切って、重い足取りで階段を上がる。

 用事があるのは二階のメインカンターだ。


「あっ……バールさん」


 二階に上がったところで、見慣れた女性職員と目が合った。

 冒険者ギルドの職員であるキャルだ。彼女は『パルチザン』の担当職員でもある。

 ……丁度いい、彼女を通して確認しよう。


「やあ、キャル。話は聞いてる……みたいだな」

「……はい。残念なことです」


 目を伏せるキャルに、暗澹たる気持ちが広がる。

この様子だと、俺の『冒険者信用度スコア』にかなりの影響があったのは間違いなさそうだ。


「ええと、剥奪までは行かなかったんですけど……」

「ええ!?」


 と、そう切り出すキャルに俺は驚く。

 たかだかパーティ内トラブルによる放逐キックで冒険者資格の剥奪までいくなんておかしい話だ。

 強盗や殺人など重い罪を犯した場合はその限りではないが、仲間内のトラブルによる放逐キックで、Aランクの『冒険者信用度スコア』が一気にゼロになることなんてまずありえない。


 ちなみに『冒険者信用度スコア』というのは、冒険者ギルドが独自に発行する、冒険者の成績表のようなものだ。

 依頼の達成率や、高難易度依頼の成功率、冒険者としての年数、トラブルの有無……等々を独自に点数化して、それをもとに依頼クエストを依頼したり、高難易度依頼の許可を出したりする基準となる。

 そのまま冒険者個人の信用度とも言えるので、例えば加入できる冒険者保険の等級や、銀行からの借り入れもこれによって待遇が変わってくるのだ。


「粘ったんですけど、ダメでした。マーガナスさん、貴族出身の国選冒険者なので上からの圧力がすごくて……」


 涙目で差し出された用紙には、俺の『冒険者信用度スコア』が記載されていて、そこには俺がAランクから最低ランクのFランクに落とされたことが明記されていた。

 冒険者になってからこつこつ積み上げた実績と信用を、一気に剥奪されたということだ。


「はあ……。マーガナスめ、やることが徹底的だな。そんなに俺が邪魔なのか」

「バールさんほどの冒険者を放逐キックするなんて信じられませんよ」

「ありがとよ、キャル。ま、なるようになる。それで、ギルド倉庫をあけてもらいたいんだが、いいか」


 ギルド倉庫は冒険者ギルドのサービスの一つである。

 武器や防具、薬品や各種冒険用具を収納しておけるスペースで、冒険者専用の貸倉庫兼金庫のようなものだ。


「それが……」

「バール君。君に倉庫を開く権限はない」


 キャルの後ろから痩せぎすの神経質そうな男が、早足で歩いてくる。副ギルド長のブルドアだ。


「はぁ!?」

「倉庫の使用はCランクからの規定だ。それに君は『パルチザン』を放逐キックされている。赤の他人にパーティのギルド倉庫を開くことはできない」

「そんな横暴な……」

「だまらっしゃい。〝勇者〟リードに散々迷惑をかけておいて何と厚顔無恥な」


 大きなわざとらしいため息。

 どうやらこいつもマルボーナの息が盛大にかかっているらしい。

 いや、ブルドアを抱き込んだからこそ、こんな無茶苦茶なことができたということか。


「俺の個人資産もあの中なんだぞ?」

「倉庫に入っている以上、『パルチザン』の資産だろう? キャル、君もFランクの相手なぞしていないで、早く仕事に戻りたまえ。今後も『パルチザン』は君が受け持ちなのだからね」


 急かすようにしてキャルをカウンターに押しやるブルドア。


「今後、この冒険都市フィニスで仕事はないと思ったほうがいいぞ、バール君。FランクはFランクらしくドブさらいでもするかね?」


 鼻で笑うような仕草をしたブルドアが踵を返す。

 取り残された俺は怒りでどうにかなりそうだったが、深呼吸をしてなんとか冷静さを取り繕った。

 ここで暴れたって、どうにもならないしな。


 しかし、この様子ではフィニスで冒険者稼業を続けるのは難しそうだ。

 ここまで徹底的にしておいて、依頼を達成したところで素直に『冒険者信用度スコア』を加算してくれるとは思えない。


 こういう時は、まず状況確認だ。

 腰のベルトポーチを開いて財布代わりの革袋を確認する。


「これだけか……」


 数日分の生活費と、趣味の本を買おうと思って投げ入れた数枚の金貨。

 今やこれが俺の全財産だ。

 ……仕事もないんじゃ、いつか野たれ死ぬ。


 もう、猶予はない。


「……よし、決めた」


 決意を確かなものにするため、独り言ちる。

 冒険者を志して、五年。長らくこの冒険都市フィニスに居座ったが、もうここに俺の居場所はないらしい。

 で、あれば……。


 冒険者は冒険者らしく、根無し草の如く流れよう。

 古くは『渡り歩く者ウォーカーズ』などと呼ばれていた流浪の傭兵たちが、今の冒険者の前身なのだ。

 ならば、俺もまたそれらしくどこかへと渡り歩くとしよう。


* * *


「やはりここでしたか、バールさん」


 決意も新たに、冒険者ギルドの階段を下りた俺を待っていたのは、僧侶のモルクだった。


「モルク!」

「お会いできてよかった」


 柔和な笑みを浮かべて目を細めるモルク。

 同い年なのに年上のような落ち着いた貫禄の僧侶は、しっかりとした旅装に身を包んでいた。


「……フィニスを出るのか?」

「はい。引退して故郷に戻ります。最後に御挨拶をと思いまして」

「そうか。なんだか済まないな、こんなことになっちまって」


 リーダーはリードだが、実質的には俺もサブリーダーのような立場だった。

 モルクが加入する時も、俺が最初に面談したのだ。


「いいえ。きっと残っていても、楽しくなかったでしょうからね。それに『冒険は自由でないと』。……あなたが教えてくれたことですよ、バールさん」

「そうだな。何かあてはあるのか?」

「故郷でパン屋を継ぎます。週末には教会で僧侶の務めをし、それ以外はパンを焼いていますよ。よかったら故郷にいらしてください」

「ああ。落ち着いたら必ず。達者でな」

「バールさんも。〝あなたの歩く道に幸福がありますように〟」


 ふわりと身体に魔法がかかる感覚があった。

 モルクの得意魔法<祝福ブレス>だ。冒険の最中、何度これに命を救われたことか。


「ああ、ありがとう」


 握手をして、モルクと別れる。

 これでもう、思い残すこともない。


 さて……まずは旅立つ準備が必要だな。

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