万能探偵と少年A

Kono

第1話 過去への追想

『好きです』


新生活にも慣れ、怠慢とも余裕とも呼べるほのかな時間が過ぎ、まるで夢から目覚めるように足を急かされ始めた中学二回目の春先の事だった。

入学式のため午前授業となり、人種の入れ替わりの一瞬の隙を突いた昼時。ムードたっぷりの大きな桜の木の下で、桜色のベールに包まれて、そんなありきたりな言葉で、僕は初めて告白をされた。

当然、僕は舞い上がった。それこそ持久走の後でも、ここまで心臓は忙しくしないだろう、と思うほどには高揚した。

だが、今になって何の気なしに思考を深めてみれば、そこにあったのは純粋な好意などではないのだろう。そう、言ってみれば、未知への過剰な期待だ。一度こう思ってしまえば、高校入試や大学入試の合格発表直前に感じていた物と似ていた気すらしてくるから不思議なものだ。


それに、この時既にいわゆる「イエスマン」の気質が芽生え始めていた僕にとって、目の前で僅かに震える彼女を悲しませるような拒絶を口にすることは、考慮にすら届かない程の一種の禁忌ですらあった。であれば、答えは一つで自ずと導かれる。

彼女が僕のどこに惹かれたのかは、あれから十年が経った今でも分からない。ただ、分かるのは僕と彼女の別れは決定的だったって事くらいだ。


どちらが悪いかと言われると、間違いなく十人中十人が「お前が悪い」と、精一杯の侮蔑と忌諱を以て、僕に指を指し、目を背けるだろう。

きっと、僕はそれだけの事をしてしまったのだ。いや、「きっと」と思ってしまっていることこそが真実なのだ。


高校受験を控えた夏休みのとある日。

僕の人生を大きく左右することになる大事件が起こった。彼女と別れることになった決定的な日でもある。

蝉たちの大合唱はいよいよ勢いを増し始め、いい加減鬱陶しくなってくる、ちょうど暑さがピークに達する昼過ぎにそれは起こった。

キッチンと一体化した僕の家のリビングで、彼女と二人きりなのにも関わらず静かに黙々と勉強をしていた時の事だった。

突如。

パリンっと、二階から物音がしたと思えば、その足はどんどんとこちらへと向かってくる。親は気を利かしたのか夜まで帰ってこないはずだし、もし帰ってきたのならば、そもそも二階から入ってくるのも、あの窓が割れたような音がしたのもおかしな話だ。

そうやって彼女と目を合わせていると、ついにリビングの扉が開け放たれた。

その先にいたのは、日常に落とされた汚点。非日常。あの姿が正しかったかどうかは分からないが、不幸ではなかった僕たちをどん底まで突き落とす圧倒的重量。

強盗だった。扉を開けた張本人の漏らした「あ!?」という声から、正しくは空き巣だったのだろうが、そんなことは関係なかった。

咄嗟に机の上に置いてあるスマートフォンに手を伸ばす僕だったが、強盗の方が一手速く、おそらく窓を割る際に使用したバールでスマートフォンは弾き飛ばされ、机は蹴り倒される。それと同時に倒れ込む僕と彼女だったが、僕は机と床に挟まれてしまうことになってしまった。胸と腹が急激に圧迫され、思わず変な声が漏れてしまう。

そんな一瞬の隙を突かれた。

直後、苦しみにむせぶ僕の耳に届いたのは、彼女の甲高い悲鳴と強盗の下卑た笑い声だった。

それからの事はよく覚えていない。

ただ一心に彼女を守らなくてはいけないと思い、視界の端にキッチンを見据えた僕は──。

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万能探偵と少年A Kono @OzLulufa

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