【猫と寄生虫】

第1話 厄介な患者


 出勤したら、まず最初に洗濯物を回してから、みぃちゃんの世話をするために猫舎に向かう。みぃちゃんはギプスのせいで自分でトイレまで行って排便することができず、垂れ流し状態だ。ゲージの下に簀子すのこを敷いているとはいえ、常に清潔を保つことは難しい。包帯が汚れていれば清水の補助の元、替える手伝いをする。汚れていなければ、そのまま清水に渡してレーザーを患部に当ててもらう。


 その間に薫はみぃちゃんの部屋を掃除する。汚れをあらかた拭き取ったら、次亜じあ塩素酸えんそさん系消毒剤を溶かした消毒液を部屋の隅々までまんべんなく吹き濡らす。一分ほど経ったら雑巾で天井を拭き、続いて側面を、床を。汚れを上から下に落として、一箇所に集めるように拭く。

 雑巾を新しいものに換えたら同じ手順でもう一度。今度は消毒液を使わず水拭きする。

 部屋の拭き掃除を終えると簀子を元に戻し、次に餌と水を用意しようとしたところで羽賀が「おはよー」と処置室に入ってきた。

 いつもなら眠たそうな羽賀が妙に機嫌が悪そうに見えた薫は、レーザーを終えてみぃちゃんを部屋に返し終えた清水にそれとなく問いかける。


「ああ、下開しもびらきさん家から早朝に電話かかってきたみたいなの。履歴が残ってたわ」


 心当たりがあるのだろう。清水は気難しい顔をする。


「また電話かかってきたの?」


 下開という名に覚えがあるのか、道具の補充をしていた浅野が手を止めて振り返った。


「あそこのばあちゃん、俺も嫌い」

「こら、そんな事言わない!」

「でもさ、姉さんも好きじゃないでしょ」


 清水は答えない。それが答えなのだと理解した薫は不思議そうに首を傾げた。気さくで温和な三人がここまで毛嫌いするなんて、どういう人物なのか興味が湧く。

 薫の表情からそれを察した清水は眉を下げながら「こだわりが強い人なの」と教えてくれた。


「なんていうか、保護猫や保護犬をたくさん飼われていて動物愛護精神にあふれているんだけど、ペットショップは絶対悪! って決めつけてね……」

「ペットショップで迎えたってわかるとチクチク嫌味言ってくるんです。俺んとこ、一匹ペットショップ出身なんですけど、会う度に〝なんで保護犬を迎えなかったんだ!〟って言ってきて」


 はあ、と浅野が深く息を吐く。心底うんざりといった様子だ。


「そうなんだよ! うちさ、近くのペットショップの子も見ているんだけど、それを知ってから電話で攻撃してくるの!」


 羽賀が参戦してきた。


「〝お前達は犬猫を不幸にしている!〟とか〝今すぐ診るのをやめろ!〟って。うざい、マジでウザすぎるんだよ。本人はたくさんの犬猫飼ってる自分は偉いって思っているんだろうけど、僕に言わせてもらったら一匹でもきちんと世話してる飼い主さんのほうが偉いと思うんだよね」

「どこで迎えたの? って探るのやめてほしいですよね」

「ああ、それは確かにやめて欲しいわね。患者さん達の迷惑だって何度か注意しているのに理解してもらえないのよ」

「注意して聞くようなばあちゃんなら、こんな陰口叩かないよ。てか、電話来たっていうけどどんなお話だったんですか?」


 浅野の問いかけに羽賀は舌打ちした。


「新しい保護猫迎えたから診てくれだと。それも風邪っぴき。あと、どろどろうんちだって」


 途端、浅野と清水は盛大に顔をしかめた。


「……絶対に長引くやつね」

「……最悪。世話できないんだから迎えるなよ」

「まあまあ、仕方ないでしょ。あのおばあちゃん、他の病院出禁になったりしてるし、ここも駄目ってなると飼ってる子達が可哀想だから、うちは受け入れてあげようよ」


 といいつつ気力が失せた目をしている。いつも生き生きとした目をしている羽賀にしては珍しい。


「とりあえず、風邪ひいてるから十一時半に来てって伝えたよ。その時間帯、予約入ってないし」


 彼らが顔をしかめる理由を、薫はすぐさま知ることとなる。

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