第6話 害鳥


「カラスって害鳥なんだ」


 窓から流れる夜景を眺めながら、薫がぼそりと呟くと、運転席でハンドルを握る浅野にも聞こえたようですぐに返事が返ってきた。


「ハトやスズメも該当しますよ」


 思いもよらない言葉に、薫は驚いて浅野の横顔を見る。浅野は横目で薫の表情が見えたのか、口元に小さな笑みを浮かべた。


「スズメって、あのスズメですか? 冬場にまるまる太ってる、小さくて可愛い鳥の?」

「あのスズメです。可愛いですよね。でも、農作物や人、環境に被害を与える場合は、どんなに可愛くても害鳥に分類されるんです」


 薫は思わず眉をひそめた。


「そんなイメージ全然なかったです」


 浅野はふっと息を漏らしながら、信号で停車した車を再び走らせる。


「カラスを問わず、病院に鳥が運ばれてくることは案外多いんですよ。特にヒナが巣立つ時期なんかは、落ちてるヒナを〝助けたい〟って連れてくる人が結構いるんです」

「えっ、そんなに多いんですか?」

「多いですよ。でも、助けるのが正しいとは限りません。法律でも定められていることを俺達が反することはできませんし、人が触れることで親鳥が近づかなくなることもあります。本当は巣立ちの途中で、ただ地面にいたってだけってこともあるんです」


 薫は浅野の話を聞きながら、窓の外の景色に目を戻した。


「助けたいって気持ちだけじゃ、良い結果にならないこともあるんですね」

「そうですね。でも、その気持ちを否定することはできません。だから羽賀先生は、鳥は元の場所に返せって言わずにうちで見守るという、助けたい人達の善意がちゃんと形になるように手を貸してるんですよ」


 まあ、と浅野は肩を持ち上げる。


「インフルの時期とか亡くなった時の手続きとか大変だから本当は断って欲しいんですけどね」

「羽賀先生は〝いいよ!〟って言っちゃいそうですね」

「実際に言ってますからね」

「でも、あの子も無事に飛び去ってくれたし本当に良かったです。もう何かにぶつからないようにしてくれればいいんですけど」


 あっと、浅野は思い出したように声をあげた。


「それにしても、今日のみぃちゃんの骨折手術、無事に終わってよかったですね。コアグチェックしてたからちょっと心配してたんですよね」

「コアグチェック?」

「血液がきちんと固まるかテストするんですよ。もし引っかかれば止血しにくいってことだから、こっちも対応しやすいんで高齢の子の手術前は必ずチェックしていています」


 浅野は運転しながら続ける。


「骨折の手術はバラバラになった骨を繋ぎ合わせて、固定する細かい作業が多いから、避妊や去勢の手術よりも時間がかかるんです。長ければ長くなるほど麻酔のリスクも高くなるし、そこに止血しにくいとなると命にかかわりますからね」

「……本当に無事に終わってよかったです」


 薫が震えながら言うと、浅野は優しい声で続けた。


「この後が大変ですよ。みぃちゃんのお世話はほぼ東堂さんの仕事になりますから」

「覚悟はできています。保護したのは私ですから治るまできちんと面倒みます。ですけど、送迎は浅野さん頼りになるのでご迷惑おかけします」


 頭を下げようとするのを浅野は慌てて止める。


「いいですって。別に苦でもないですから。あ、それで思い出した。キャリーとかゲージって持ってますか?」

「えっと、キャリーって移動のときにいれるケースですよね? それは友達が貸してくれるっていうので借りる予定です。ゲージは買わないといけないので、今度見に行こうかと思ってます」

「それなら病院の備品を貸りればどうですか? ゲージ安くても一万ぐらいするし」

「貸し出しがあるんですね。明日、羽賀先生に頼んでみますね」

「聞いても二つ返事で〝いいよ!〟っていいますよ」


 しばらくして浅野の車がゆっくりと停まり、薫の自宅前に到着した。


「今日もお疲れさまでした。じゃ、また明日」


 車から降りた薫に、浅野が軽く手を挙げる。


「お疲れさまでした。送っていただいて、本当にありがとうございました」


 浅野は「気にしないで」と柔らかく笑うと、車を発進させた。遠ざかるテールランプを見送りながら、薫はふと空を見上げた。


(どれが害鳥とか考えた事もなかったなぁ。犬や猫以外も勉強しなきゃ)


 よつば動物病院は犬猫の他に、ハムスターや鳥、爬虫類の患者も多く訪れる。


(明日も、頑張ろう)


 心の中でそう誓い、薫は玄関の扉を開けた

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