【17歳の高齢犬】
第1話 最初に出迎えたのは
急な打診から翌日。薫は職場体験をするべく、早朝八時半によつば動物病院を訪れていた。今までは表玄関から一患者として訪ねていたが、今日からは裏側にあるスタッフ用の玄関から入るように言われている。
表玄関とは違い、飾り気のない玄関を開けると段ボールの山が薫を出迎えた。二桁はあるであろうその山の向こうには
「おはようございます。今日からでしたね。羽賀先生から聞いてますよ」
慌てて薫も頭を下げる。
「おはようございます。遅くなりました」
「出勤は四十五分までこればいいから大丈夫ですよ。先生なんて自宅がこの上だから、いつも九時ギリギリですし、気にしないでください」
遅刻することもあるんで、と浅野は呆れたように付け加える。羽賀の遅刻癖に参っているようだ。
浅野とは何度か顔を合わせた事はあるが、会話らしい会話をした事がない。いつも仏頂面だったので怖いイメージを抱いていたから、こうした話もするんだなと驚きつつも薫は頷く。
「先生って自由そうですね」
「あの人、拘束されるの嫌いなんで。自由気ままにしたいってこの病院作ったぐらいですよ」
「すごい行動力ですね」
「確かに。あの行動力は見習いたいものがあります。……あっ、話の前にまずは服を替えないとか」
うーん、と浅野は何やら考え込む。
少しして、思考がまとまったのか納品書を段ボールの上に置くと「こっちです」と手招きした。慣れた足取りで物でごった返している廊下を進んでいく。
物珍しさに薫がきょろきょろと周囲を見渡していると浅野が小さく笑った。
「動物病院の裏っておもしろいですよね。俺もはじめて来た時は色々見て回りましたよ。例えば……」
と言いながら浅野は廊下を進みながら面する部屋を指さした。入り口には『薬品庫』という札が立てかけてある。浅野が扉を開けると設置された棚には箱やボトル、
「ここは薬置き場。常温で保管してもいい薬はここに、冷蔵保存の薬は他の場所に冷蔵庫あるんで、そこに入れてます」
次に隣にある『フード保管室』の部屋を開ける。薬品庫と同じように棚には様々なフードや缶詰がきちんと並べてある。
「ご飯も色んなメーカー、種類があって、大半がペットショップやネットで買えないものばかりなんです」
「たくさんありますね。ご飯やお薬ってこんなにも種類あるとは……。覚えられるかな……」
「少しずつでいいので慣れてもらえれば。フードも薬も用途によって置き場所を決めてあるんです。ここらへんは心臓の、ここは肝臓って感じで。今は忙しくないので俺達も付きっきりで教えれるんで、ゆっくり慣れていきましょう」
「動物病院って繁盛期とかってあるんですか?」
「ありますね。もう少しで狂犬病接種のシーズンだからわっと来ますよ」
狂犬病というのは発症すれば致死率100%という恐ろしい病気だと記憶している。何年か前に飼い犬が人を噛みついて、問題になった際に「保健所」や「狂犬病」といった単語をアナウンサーが繰り返していた。
実際にどのような病気なのかは知らないので、後で調べようと頭の中にメモをとる。他にも気になったものを次々、メモしていると奥から小さな箱を五個手にした
「おはよう。東堂さん」
「清水さん、おはようございます」
軽い挨拶を終えると清水は浅野を軽く
「賢司、場所の案内よりもまずは着替えでしょう。東堂さんがきたらすぐ教えてって言ったよね?」
「……更衣室の案内する途中だったんだよ」
「それにしてはずっとお喋りしていたようだけど?」
どこか圧を感じさせる笑みに浅野はついっと視線を横にずらした。
その仕草だけでこの二人の上下関係が分かり、薫は唇の端を引き攣らせる。清水はおっとりと優しげな容姿をしているが、けっこう容赦ない性格をしている。羽賀のみに発揮されるとばかり思っていたが、まさか浅野に対してもだとは思わなかった。実の弟だからだろうか。
しかし、これから自分も羽賀や浅野と同じ扱いになるのでは? そう考えただけで冷や汗が流れる。
「じゃあ、交代。私は東堂さんを案内するから、賢司は
「適当にするのは先生で、俺はちゃんとしてるよ」
「……本当に先生は」
頭痛がするのか清水は眉間を押さえる。深くため息をはくと、ぱっと顔を持ち上げた。
「待たせてごめんね。とりあえず、着替えしなきゃだし、着いてきて」
そう言うと清水は踵を返して、来た道を戻っていく。薫もその後を追いかけた。
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