第6話 ☆おまけ☆

 

 月子が地球に来て俺ん家の居候となり、毎日が華やかになった。


「華やか」なんて単語を使ってしまうくらいには舞い上がっている自覚はある。冬休みに入って時間がたくさんあるから余計だ。


 地球にいる事が嬉しくてしょうがない月子は、毎日ちょこちょこと動いていてそれが可愛い。

 それに伴い母親のテンションが高い。強制力を十分に働かせたお手伝いを発動させる間もなく、月子が率先してニコニコと「お手伝いします!」と寄っていくのだ。


「これよ!これ!」と母親の感動してる姿にそーですねと心で返事をしておく。口に出してはいけない。


 でも月子が出来ない事は俺と父親の仕事になる。米を運ぶとか家具の移動とか換気扇の掃除とか。そういう時月子は俺のやり方をすぐそばでじっと見ている。それだけでも楽しそうだ。


 そうして毎日力いっぱい過ごしていた月子が倒れた。


 客間が月子の部屋になって、あれもコレもと両親がネット注文した家具がまだ新しい。

 布団に入って大人しく寝ている月子の全身はピンクだ。さっき計った体温計は38度。おでこに触れるとやっぱり熱かった。

 フッと月子の瞼が上がった。


「悪い、起こした」


「いえ……うれし……」


 熱のせいで潤んだ目が俺の理性を激しく揺さぶる。……お見舞いにこんなトラップがあるとは……

 でも相手は病人だ。


「ごめんなさい……」


 続く月子の言葉に理性は保たれた。申し訳ないのはこっちだ。母親の落ち込みようが酷く、父親がそれを必死にフォローしている。


「月子の体調に気配りしなかった俺らが悪い。だから月子はゆっくりしていいんだよ。それにまだまだ時間はあるんだろう?」


 それは、月子が地球にいる時間。

 月子の気が済むまで。ミョルニルが飽きるまで。

 ミョルニルにそう言われたと月子は教えてくれた。


「オレンジジュース持って来たんだ。飲めるか?」


 小さく頷く月子を腕に抱いて少し起こし、すでにストローを挿していた小さなパックジュースを持たせる。ジュースではオレンジが月子のお気に入りだ。それでも半分くらい残った。倒れた昨日から食事はジュースだけだ。居候して少しふっくらしたが、もともと痩せているから食事が出来ないのはさすがに心配になる。


 ジュースが飲めるだけまだいいと自身に言い聞かせ、月子を寝せようと動くと服を握られた。


 少し震える手に、何も心配するなと月子をそっと抱きしめる。代わってやりたい。


「……私、日本の……コータの、お母さんの、しきたり……早く……覚えたい……」


 うわ言のような小さな声でそんな事を言う。プロテインが常備されていない家を参考にした方がいいぞ?マジで。


「そんな必死になるもんなんか無いから、ゆっくり覚えればいいよ」


 月子の物覚えは早く、実はもう家事を一人で任せられるくらいになっている。テレビで見たのと残り物食材で上手い事作るほどだ。十分だと思う。母ちゃんより美味しい。


「……でも……」


 何がそんなに月子を急かすのか。少し腕に力を込めた。細い体。

 何だ、地球にいたって簡単には助けられないのかよ、情けねぇな。


「……早く……コータの、お嫁さんになりたい……」


 ぐはあっ!何て可愛い事を言うんだ!

 初めて言われた時は夕飯時で、うっかり味噌汁を噴いてしまった。告白なんてされた事も無いのに「嫁になりたい」と言われて普通にパニクった。その後一人でその片付けをして平静になったが。

 いや。すげえ嬉しくて一週間くらいは顔がゆるみっぱなしになり、両親にも友人にも気味悪がられた。


「うん、俺も月子に嫁さんになって欲しい」


 部屋には二人きりだけど、月子にだけ聞こえるように小声にする。そうすれば早く叶うような気がした。

 すると、月子は静かに泣き出した。


「だけど、私、『月』だし……地球で、戸籍、無いし……子供も、たぶん、出来ないし……そしたら、お母さんと、お父さんに、孫、見せられない……コータに、親不幸、させちゃう……それに、私、白いし、目の色、違うし……でも……」


 つっかえながらも悩みを呟いていた月子が静かになった。他に言いにくい事があるのだろうか。

 でもその前に。


「俺は月子が好きだ」


 月子の動きが止まる。俺の動悸は早まる。


「月子が『月』でも、地球での戸籍が無くても、俺らに子供が出来なくても、母ちゃんも父ちゃんも分かってくれる。親孝行なんて他の方法でいくらでも出来る。それに、月子の白いのと目の色が違うのも今さらだよ。初めて会った時にもう可愛いと思ったんだ。俺の前ではそのままでいてくれよ」


 月子の重みが増えた。ようやく寄り掛かって来た。


「月子が地球に来られて一番喜んでるのは俺だよ」


 それだけは両親にも譲ってやらない。結局まだされていないが、もうほっぺにチューだけで満足なんか出来ない。まずは二人っきりでのデートが今の目標だ。

 化粧をして帽子を被れば、外に出掛けても誰も月子に気づかない。目の色が違ってもカラーコンタクトだと思われるようだ。奇抜な格好してる奴らの方が注目されるから、問題と言うなら月子を猫可愛がりしている両親だ。まあそれを問題と思っているのは俺だけだが。


「今だって不謹慎だけど、月子を抱っこできて嬉しい」


 ふっと、月子が顔を上げた。


「私を抱っこするの、嬉しい……の?」


「嬉しいよ。母ちゃんのガードが無ければ毎日したい」


 母親は毎日月子を抱きしめる。父親は抱き上げるので、月子が幼児に見えてるのかと思う。毎日俺の入る隙が無い。

 なので、今は触れるチャンスなのだ。……病人だけどな。


「好きだよ月子」


 ちょっと恥ずかしいが、ここは言葉を惜しんではいけない所だ。と、思う。言葉が足りなくて喧嘩する友人カップルを不毛だと眺めて来た経験を活かさなければ。

 倒れるくらいに頑張った月子が可愛い。


「わ、私も、コ、孝汰が、好き……」


 助けてくれた、名前をくれた、幸せをくれた、と小さく動く唇をじっと見てしまう。青と緑の瞳が潤む。息を感じる。頭がボウッとしていく。


「孝汰、大好き……」


 ああ、月子の目は大きいなぁ……溢れた涙も綺麗だ……このまま……


 コンコン


 !!


「孝汰?月子は大丈夫?」


 ドアを微かにノックされてすぐに母親の心配そうな声がした。父親も一緒にいるようだ。

 ……あっぶねー、あぶねー! こえぇぇえっ!


 月子は腕の中でくったりとしていた。

 やべ。

 ことさらにそおっと布団に寝かせる。つるりとしたおでこに口をちょっとだけ付けた。うわ、やっちまった……とうとうやった……

 すると、月子の口が小さく弧を描いた。


「うれし……ふふ」


 ……恥ずかしい……!


「……また後でな」


 そおっとおでこを撫でて、飲みかけの紙パックを持って部屋を出た。


 心配したのか、廊下で待ち構えていた両親に紙パックを軽く振ってみせる。


「半分は飲めたよ」


 二人ともがホッと肩を下げた。昨日より飲めたからだいぶ安心したようだ。

 三人でリビングに戻り、俺は残ったジュースを飲みながら、飲み終えたら捨てようとキッチンに向かう。間接チューとこそっと喜ぶくらいは健全だ。

 その途中。


「孝汰、あんたがちゃんと就職するまでは月子と結婚させないからね」


「ぶぶっ!? 痛っ!?」


 鼻からジュースが出た。


「うわ、汚いっ!」


 誰のせいだと! 痛いし咳き込んで母親にまともに言い返せない。父親が慌てて寄越してくれたティッシュで鼻をかむ。

 月子が嫁になりたいと言ったのは両親も知っている。だが、それを良いとも駄目とも言ってはいなかった。まずは地球に慣れてからと思ったのだろう。


「だいたいにして寝込みを襲うような奴にうちの娘はやらん!」


 襲ってねーし! そもそもそれは「父親の台詞」だろう! つーか俺の方が息子だぞ!? いやそれよりも!


「どこからーっ!?」


「『俺も月子に嫁さんになって欲しい』から♡」


「やめろっ!? どんな耳してんだよ!?」


「いやあ、初々しくて聞いてる方が照れるよなぁ」


「聞くなっ!照れるな! 父ちゃんまでやめてくれぇぇっ!」




 月子がうちに来て毎日が賑やかになった。


 ちょっと腑に落ちないのは……まあいっか。



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