第388話 ハチ子さんでしょ?

「えぇっと……」


 七夢さんがログアウトした後、その場に残った彩羽とラフレシアを前に、俺はおなじみの正座だ。

 別に何かやらかしたわけではないのだが、そうしなければならないような空気を、俺は敏感に察知していた。

 これもレーナでの長い付き合いからくる、しつけの賜物だろう。

 ちなみにここは遊郭なので、二人ともレーナでのアバターである。

 つまり俺の目の前にいるのは、美しい水色の髪をした鈴屋さんと、白毛のアルフィーだ。


「あーにぃ。ハチ子さん救出作戦を始める前に、大切なお話があるの」


 対面で正座をする鈴屋さん。

 アルフィーは窓際で、膝を立てて座っている。

 見た目こそアルフィーだが、態度はまんまラフレシアである。

 やはり、ただならぬ空気だ。


「どうしたのさ、あらたまって」


 なんとなく足を崩したいのだが、半目で俺を見るラフレシアからの圧がすごい。


「これから少し、一方的に話すね。あーにぃは、話が終わるまで黙って聞いてほしいの」

「あぁ……うん。わかった」


 俺は素直に、その申し出を受け入れた。

 それだけ彩羽の目が、真剣だったからだ。


「あーにぃ、私が小さい時から、ずっと優しくしてくれてありがとうね。私は、ずっと幸せ者でした」


 いつもの笑顔。

 レーナでも見ていた、鈴屋さんの笑顔。

 そしてこれは、なにか悲しい感情を隠している時の笑顔だ。


「レーナにも、私が何とかしなきゃと思って行ったのに、結局なにもできなくて……だんだん帰るのが怖くなって……ただただ、無駄に時間を費やして……」

「それは、違うだろ」


 しかし彩羽は、首を横に振る。


「なのに、現実世界に帰ったら私を迎えに来てくれて、許してくれて、少しの時間だけど恋人になるって夢も叶えてくれて……」

「少しって……なに言って?」

「おい、アキカゲ」


 ラフレシアが割って入ってくる。


「最初に言ってたダロ。鈴やんは真剣ナンダ。黙って聞いてアゲロ」


 しかし、これはまるで……


「でも……もうハチ子さん、帰ってきちゃうから。このままじゃ、ハチ子さんがいない間に抜け駆けしちゃった、嫌な女になっちゃうから」


 俺はそれは違うぞと、首を横に振る。

 しかしラフレシアが口を開くなと、睨みをきかせてくる。


「私、ラフレシアも、ハチ子さんも好き。だから、フェアでいたい」


 彩羽が否定的に、首を横に振る。

 もう笑顔はない。

 小刻みに肩を振るわせて、必死に言葉を絞り出そうとしていた。


「ううん、違うの。ほんとは分かってたの。レーナで、もう分かってたの……私も、ラフレシアも。だけど、彼女は泡沫の夢だから……そうだと思っていたから……誰よりも結ばれない運命にある人だと、思っていたから……」


 ボロボロと大粒の涙をこぼし始める彩羽の頭を、ラフレシアが横に座って抱き寄せた。

 最後まで彩羽を支え、サポート役に徹しようとしている。


「だからね……あーにぃには、今まで本当にありがとうって言いたいの。これは本心。本当の気持ち。だけど、ここからは、あーにぃに選んでほしいの」

「……なにをさ」


 返す言葉が、かすれてしまった。

 それは俺がどこかで、目を背けてきたことだからだ。

 答えを先送りにして、誤魔化してきたことだからだ。


「正直な気持ちを、だよ? だって、あーにぃの一番好きな人って……」

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