第13話 鈴屋さんがいない日っ!〈2日目〉

 1日目は心の何処かで、鈴屋さんがひょっこりと帰ってくるのではと楽観視していた。

 しかし2日目の朝になっても鈴屋さんの姿はなく、俺は鈴屋さんが現れそうなところに何度となく足を運び続けた。

 待っていればあの可愛らしい声で「あー君、あー君」と呼ばれそうなものなのに、どこに行ってしまったというのだろう。

 こうなってくると頼りの綱は南無さんなんだけど、その南無さんも今日は朝から不在だ。

 そんなこんなで何の手がかりもないまま日が暮れ始め、俺は堪えがたい焦燥を感じていた。

 もちろんこんな精神状態で酒場の喧騒の中になどいられるわけもなく、俺はさっさと碧の月亭の屋根の上に移動し胡座をかく。

「俺は…なにか…見落としてないか…」

 自問するが、何も思い浮かばない。

 …そもそも、ずっと一緒だと言ってくれて、ついてきてくれると約束してくれたばかりだ。

 急にいなくなること自体おかしなことなんだから、鈴屋さんに何かあったと考えるほうが自然だろう。

 ……こうして考えをめぐらせてるうちに帰ってきてくれないだろうか。

 そうやっていたずらに時間を浪費させているうちに、やがて青い月が頭上に現れた。

 いよいよどうしたものかと頭を乱暴に掻く。

「くそっ……人さらいにでもあったのか……?」

 自分で言って、なんて不吉なことを口走ってるんだと後悔してしまう。

「…また穏やかではない話だな、それは…」

 不意に背後から声をかけられる。気配はまるで感じなかった。 

 反射的にダガーを抜きながら、片手をついて素早く後ろを振り向く。

「久しいな、アーク」

 男は両手を組んだまま、静かに佇んでいた。

 灰色のロングコートにフードを深くかぶる男、アサシンのイーグルだ。

「………なんだよ…俺は今、余裕がないぞ……」

「…随分だな…ニンジャについて教えると言ったのはお前のはずだが?」

 ……そんなことで、わざわざ来たのか………この忙しい時に面倒な……

「…その余裕の無さは、あの女絡みか?」

 ぞわっと全身の毛が逆立つ。

 考えるよりも早く、俺はイーグルに斬りかかっていた。

 イーグルはそれをシミターで受け流し、後ろに飛びながら距離をあける。

「獣だな、まるで」

「……お前………鈴屋さんをどこにやった!」

 左手で忍者刀を抜くと、くるりと逆手に持ち変え、ダガーと共に構える。

 しかしイーグルは真剣な面持ちのまま首を横に振った。

「……教団からそんな指示は出ていない。故にそれは俺の預かり知るところではない」

「…それを信じろってのかよ……」

「それはお前が判断することだ。少なくとも、俺に何のメリットがある…」

 くそっ…と舌打ちをしながらダガーを収める。

「本気のお前と戦いたい…と俺が私的に思うのであれば、そうのような行動に出るやもしれんが、残念ながら今はそんな気はない、安心しろ」

 …それで信用しろとか…相変わらず油断のならないやつだな。

「スズヤとか言ったな。いなくなったのか?」

 黙って頷く。こいつに相談したところで実りがあるとも思えないが…

「…もし帰ってこなければどうするつもりだ」

 …はぁ? 何言ってんの…と心のなかで呟くが、もしそうなったらと少しでも考えると胸の奥が締め付けられる。

「……探すさ。見つかるまで、ずっと」

「………それでいいのか? お前には、やるべきことがあるのだろう?」

「…何を知ったふうに言ってんだよ……お前にその“やるべきこと”を話しても理解出来ねぇだろ。それに俺の行動原理はすべて鈴屋さんのためだ。……その鈴屋さんがいないんじゃ、何の意味もないんだよ」

 あまり感情を見せないイーグルが、ほんの少し怪訝な表情を浮かべる。

「……そうか………自主的のようで、そうではないのだな………」

「はぁ? 何の話だよ」

イーグルはシミターを鞘に納めながら続ける。

「…だとすれば…アーク…お前の待ち人は必ず帰ってくるだろう……」

「…………さっきから何なんだよ、お前………………なんだって、んなことが言えんだよ?」

「簡単なことだ…それしかお前が救われる道がないからだ」

 急に現れて何言ってんだこいつは…

「……そう睨むな………直にわかる。今日は邪魔をしたな。また日を改めてここに来よう…」

 イーグルはそう言うと、身軽な動きで屋根から屋根へと飛び移り、闇夜にとけ込むように消えていった。

 必ず帰ってくる?……当たり前だろ…

 心の中でそうつぶやきながらも、イーグルの言葉にすがりつき信じて安心したいという自分の弱さに呆れる。

 そうか……鈴屋さんも南無さんもいないんじゃ…いよいよ俺は孤独なんだな…

 青い月を見ながら、自分がいつから孤独じゃなくなったのか…そんなことを考え始めていた。

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