第9話 鈴屋さん、男装するっ!

 とある日、とある昼、碧の月亭でのとある俺。


「鈴屋さん、俺と服を交換しよう!」

 俺の唐突な思いつきに、鈴屋さんはやおら訝しげに目を細めていく。


「……あー君、ついに変態に転職したの?」

 おぉ、いつになく辛辣。今日はSの日ですか。

「いやいや、ハニー。最後まで話を聞いてくれまいか」

「…………は……にぃ……?」

 鈴屋さんが珍しく、背景に『ゴゴゴゴゴッ』と、ゴシック系の極太文字が見えてきそうなほどの迫力で睨みつけてくる。

 炎すら見えてくるほどの臨場感だ。

「……サラマンダーさん、あの調子に乗った変態忍者に熱いのをひとつ……」

 炎はサラマンダーだったのか……

「待って、待って、ごめんなさい。でも、話は聞いてください」

 えらく細めた目は変わらないが、サラマンダーはなんとか下げてくれた。呪文詠唱がないから、怖すぎる。


「あのね、すっかり忘れかけてたんだけど……鈴屋さんって基本ネカマでしょ?」

「……そうだけど……」

「でさ、ロールプレイしっぱなしって、疲れるんじゃないかなぁ〜っと思ってさ。ほら、南無さんとかみたいに素に戻って話する……とかさ」

「南無っちと2人でいる時は素で話してるよ?」

「でも俺には、いつも通りの鈴屋さんだろ。だから、男に戻れる日をつくって羽根を伸ばしてもらえれば……と思ったわけですよ。どう……?」

 鈴屋さんが眉をひそめて、ジト目で見つめ返してくる。

 まだ何か、納得がいかないらしい。


「……服を交換する件について説明して……そこが、一番変態っぽい……」

「いや、それは言葉のあやでして、男物の服を着て男装してみては……という意味……です」

 鈴屋さんがいつもの白いマグカップに口をつけながら、ホットミルクをぶくぶくと吹かす。

 そしてかなり長く熟考を重ね、やがて小さい声で結果を発表した。


「……あー君の服はやだから、自分で探してくる……」

「お、おう。別に俺はそんなことで傷ついたりしないぜ」

 ……嘘です。ちょっと傷ついてます。


「あと、あー君も女装すること」

「……えぇ? いや……いやいやいや、無理でしょ!」

「駄目。あー君が言い出したことだし。時間は二時間後、ここに集合」

「ちょ、ちょっと……鈴屋さん?」

「じゃ、解散」

 鈴屋さんはそう言うと、碧の月亭から出ていった。

 俺はと言うと……これは南無さんに相談するしか無いな……と思い、南無のパン屋に向かうことにしたのだ。



「……と、いうわけで南無っち、コーディネート・プリーズ!」

 筋肉髭坊主が、呆れた表情で俺を見てきていた。

「……あんた……バカなの?」

「いやいやいや、南無っちがさ、前に話してたじゃん。これは鈴屋さんのためなんだよ」

「……はぁ。鈴ちゃん、かわいそうに……」

「え、なんでさ? たしかに、ちょっと機嫌悪かったけど」

 どえらい呆れ顔だ。

 ……素に戻る時間が必要だって言ったのは、南無さんなんだが……

「まぁ、いいけど。でも、そもそもね。そのツンツンした髪型、いかにもな悪い目つき、わりと筋肉のついてるその体じゃ、女装なんて無理あるんじゃない?」

「カカカ、甘いな。ニンジャには“七方出の丸薬”っていう変身用の丸薬生産スキルがあるんだよ。材料が、すっげぇ高いけど……」

 説明しながら、竹の筒からひとつの丸薬を取り出す。

「魔法的に言うと、シェイプチェンジの効果が5時間得られるんだぜ」

 言って、それをごくんと飲み込む。

 すると俺の髪がサラサラと伸びていき、体つきが女性のそれになっていく。


「どうよ?」

 おぉ、南無さん……素晴らしいあんぐり顔だ。

 記念に写真とりたいぜ。

「ちょ……ちょっと、アーク……」

「すごいだろ。声まで変わるんだぜ? まぁ、解除魔法や魔法無効化地帯に入れば、あっさり解けるからな。あんまり悪用はできないけど……」

 

「……アーク……」

 南無さんが、ふるふると体を小刻みに震わせている。

 それほど、驚いたのだろうか。

 

「私が、本気のコーディネートをしたげる」

「おぉ、そうこなくっちゃ!」

「その代わりその丸薬、私にも作って。ちゃんと買うからっ!」

 どうやら15歳の少女、南無さんのハートに火がついたようだ。

 ものすごく、やる気がみなぎっている。

 俺はもちろん快諾し、南無さんのコーディネートを余すことなく受けていった。



 碧の月亭にもどると、俺は端っこの席に座りマグカップを両手で持ちながら鈴屋さんを待っていた。

 ある程度のロールプレイは、鈴屋さんを見て勉強済みだ。

 間者としての能力を、とくと見せてやろう。

 しばらくすると、水色の髪を一つに束ねた容姿端麗なエルフが入ってくる。

 その出で立ちは、どこぞの貴族か騎士が着そうな制服だった。

 真っ黒なパンツ、真っ黒なベスト、下には真っ白なシャツに黒ネクタイ。胸は隠しきれていないが大き目の上着を羽織れば、まぁ誤魔化せそうなレベルだ。

 鈴屋さんはキョロキョロと俺を探しているが、一向に気づく様子もない。

 ……完璧過ぎたか……と、自分のスキルに酔っていても仕方がない。


「鈴くん、こっち〜」

 俺は天然のんびり癒し系を意識した口調で、マグカップをかかげる。

 鈴屋さんは俺を見つけると完っ全に、かたまってしまった。


 ……無理もない……


 腰まで真っ直ぐ伸びた艶のある美しい黒髪は、部分的に編み込みもされて、とてもオサレだ。

 腰は細くくびれ、胸は無駄に大きい……なのに、真っ白なローブで清純さもアピール。

 そして声は、ほんわかのんびり屋さん調に変わっているというオマケ付きだ。


「あー君……?」

 お……さすが鈴屋さん。一応、声のトーンは落としているみたいだな。

 だがしかし、戸惑いでミスが出てるぜ。


「やだなぁ~、鈴くん。あー君は無しだよぅ」

「あ……そう、だよね。え……っと……アーやんでいい?」

 ……まぁいいか。

 とりあえず碧の月亭にいると逆に目立ちそうなので、鈴屋さんの腕に自分の腕を絡ませて、強引に店を出る。


「ど〜う〜? 驚いたでしょ~?」

「……あー君……ずるい……」

 ものすごい小声で。いつもの鈴屋さんが出てくる。

「鈴くん~、今日は素でいいんだよ~? 私がロールする番だもん~」

 鈴屋さんが、むっとした表情を見せる。

 端的に言って、かわいい。


「……あ……あぁ、そうだね。アーやん……今日はどこに行こうか?」

 ……おぉ……あの鈴屋さんが完全に混乱している……

 いい機会だから、俺が普段どれほど混乱させられているのか、女となった俺の魅力で思い知るといい。

「ねぇねぇ、鈴くん~私かわいいかな~?」

 あざとく、首を傾げてみる。

「……アーやんのは、コスプレの域を超えている……ズルいと思うな。だいたいそのローブ……どこで調達してきたんだよ」

「あぁ〜これは南無っちに見繕ってもらったの~」

「……あいつ……裏切ったな……」


 ……なんだろうか……素の鈴屋さんは、そこはかとなく違和感を感じる……


「……えっと、鈴くん。普通でいいんだよ? 普段の俺みたいな感じでさ」

「あ、あぁ……コホン。久しぶりすぎて、普通がわからなくなったのだよ。もう、あれが板についてしまったようだ」

 いやでも、リアルでそんな喋り方はしないだろう。

 そもそも南無さんといる時は、素で話してるって言ってたじゃないか。


 とりあえず、グリグリと無駄に大きな胸を押し付けてみたりするが、鈴屋さんは顔色ひとつ変えない。


「……あのな、アーやん。俺は、そんなものでは動揺したりしない……そもそも、ずっとソレを付けていたわけだからな」


 ……ほほぅ……俺は自分の胸でも、そこそこの興奮を覚えたものだが……


「ソレってなぁに?」

 かまととよろしく、おとぼけフェイスで首をかしげてみる。


「んなっ……は、ハラスメントだよ!」

「やだ〜鈴くん、えっちぃ〜」

 みるみる顔を真赤にしていく鈴屋さんに、笑いが止まらない。

 そうかそうか、いつもこんな感じに俺はおちょくられてたのか。

 これは、たまらんな。


「ねぇねぇ、鈴くん。あれ食べたい~」

 どうよ、君は可愛い顔をしながら、唐突にこういうこと言うんだぜ?


「……ぐっ……この調子にっ…………ちょっと待ってろ!」

 鈴屋さんは歯を食いしばるようにしながら、肉サンドの屋台へと向かっていった。そして屋台のねぇちゃんに注文をしていく。


 ふはははっ、そうやっていつも奢らされてる俺の身にもなるがいい!

 これぞまさにネカマプレイだな。

 ……って、あれ?


「ほら、食え。この雌豚が……」

「……ちょ、鈴くん、なんか変なスイッチ入てるよ~? ていうか、お金払ってなくない?」

「あぁん? そんなもの、払う必要はない」

 払う必要がない?

 一体何を言っているのか理解に苦しんでいると、鈴屋さんは先程の屋台に向かって爽やかな笑顔を向けて手を振る。

 すると屋台のねえちゃんが、頬を赤く染めながら手をふり返してきた。


「な?」

「……な、じゃねぇー! なにやってんだ、あんたは男でもそれかよ!」

「あれあれ~? あー君、ロールするの忘れてるよ?」

「だあぁ、もうやってられるか、やめだ、やめ!」

「あー君さぁ、私のためにしてくれてたんじゃなかったっけ?」

 ぐ……と痛いところを突かれて言葉に詰まる。

「……そういえばそうでした……ごめん、鈴屋さん。よくあんな完璧に、ロールプレイし続けられるね。絶対どっかでボロでちゃうよ……ほんとに大変じゃないの?」

「……はっ、歴史がちげぇんだよ……」

 いや、そんなキリッとして言われても。

 ……てかそれも、なんかのアニメキャラのロールじゃないの?


「……鈴屋さんさぁ……たまにはさ、俺の前なら素でもいいんだぜ?」

「じゃぁ今日は夕方までデートしてくれるかい? ハニー」

「うっ……わかったわよ、最期までやってやるわよ。そのかわり、ネカマの私に惚れても知らないからね!」

「はははっ……もしそうなれば、少しは“ネカマの鈴屋さん”に惚れる“あー君”の複雑な男心が、わかるかも知れんなぁ」

 鈴屋さん、どこのアニメの悪役引っ張り出してきてんのよ……


 ……まぁでも、鈴屋さんは楽しんでいたようだし、たまにはこういうのもいいかもしれない。

 ちなみに、その後はというと、完全にロールプレイのスイッチが入った鈴屋さんには太刀打できないということが、骨の髄まで知らされるハメになったのだった。

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