第2話 鈴屋さん、危機一髪!
屋台からなんとも香ばしい肉の焼ける臭いがする。
頬をつねれば普通に痛い。
どうやら五感は正常に働いているようだ。
「なぁ、鈴屋さん。碧の月亭に行く前に確認したいことがあんだけど…」
少し前を歩いていた鈴屋さんが、何を確認したいのかと水色の長い髪を揺らせながら振り向く。
鈴屋さんはキャラメイク時の造形にまる1日費やしている。
ゲーム画面ならともかく、こうして実際に見てみると破壊力抜群だ。
一々可憐で実に腹立たしい。
「…いや、冒険者ギルドに行って俺の名前調べたい。“ああああ”のままかどうかさ…」
「え~、そんなのどっちでもよくない? ヤならあー君でいいんだし」
「いやいやいや…そこも確認しとくべきでしょ。レベルとか、そういう概念があんのかも怪しいし」
「それこそ一度戦えばわかるよ。あー君、ちゃんと守ってよね(はーと)」
…くそっ、わかってても守りたくなる。
「いや、でもいきなり戦闘とかも怖いじゃん? 大体さ、鈴屋さんサモナーだよね。魔法とか今も使えるの?」
鈴屋さんがすこし考える素振りをする。そして…
「サラマンダー!」
声に反応して、火トカゲ《サラマンダー》の精霊が現れた。
「すげぇ、本物だ。フォトジェニック全開じゃん! 写真とりてぇ!」
「なんかそれっぽい長い文章の呪文とかありそうなのにね。ふつうに呪文名を言ったらでてきちゃったよ」
そう言う鈴屋さんは少し残念そうだ。
サラマンダーはしばらく指示を待っていたようで、鈴屋さんも呼んだ手前なにか命じなくてはときょろきょろとし始めた。
やがて何かを思いついたのか、可憐な笑顔を見せて(ちくしょう、かわいい)サラマンダーに何かを命じる。
サラマンダーは右手にナイフサイズの炎の槍を作り出し、そのままポイっと往来を闊歩するゴロツキに投げつけた。
「うぉい、鈴屋さんっ、あんた何してんのっ!」
案の定、世紀末かよ!っと突っ込みを入れたくなるような、漫画「北東の拳」のゴロツキ風モブキャラが怒声を上げながらこちらに向かってきた。
当の鈴屋さんはてへぺろしながら、自分のあたまをこつんとしていやがる。(ちくしょう、かわいい)
「ほぅら、がんばれ、男の子!」
「あんたもだろうが、ちきしょう!」
仕方なく相棒のダガーを抜く。
「てめぇ、なにしやがんだっ」
おっしゃる通り。たしかに今のは、こっちが一方的に悪い。
けど、狼やゴブリンと違って殺されることはないだろうし、戦闘能力を試すにはうってつけかもしれない。あと見た目がゴロツキだと、こっちとしても罪悪感が薄くていい。
きっと鈴屋さんはそこまで考えているんだろう。
「あー君、あのひと怖い」
仕方なしにダガーを構える。
大丈夫、鈴屋さんは魔法を使ったんだ。俺だって…
呼吸一つ後、相棒のダガーを投げつけた。
しかしダガーはあらぬ方向に飛んでいき、そのまま遠くの木に刺さってしまう。
「てめぇ!」
あぁ、俺の敵対行動でヘイト全部集めちまった。
ほら、すこぶる怒ってらっしゃる。
「あー君、ダガーレベ86じゃなかった?」
うっさい、俺が一番驚いているわ。
投げる瞬間はうまくいきそうだったんだけど、なにかスキル発動のコツがあるのかもしれない。
とりあえず右手を広げ、リターンと呟く。
そうすると、投げられたダガーが瞬時に手元にもどってきた。
間違いない、これは俺のテレポートダガー+5だ。
「あの、鈴屋さん……練習時間が欲しいかも…」
目前にまで迫ってきたゴロツキに対し、俺が少し引きつった顔で言うと、鈴屋さんは仕方ないなぁ~と右の頬に手を当てて見せた。(ちくしょう、かわいい)
どうやって助けてくれるのかと考えるが、次の瞬間にはゴロツキの拳が俺の左頬にめり込んでいた。
首をグリンと回しながら、派手にすっ飛んでしまう。
うわぁ、殴られるのっていてぇ…そしてびっくりしすぎて声も出ないんだな……
「きゃぁぁぁぁ」
かわりに鈴屋さんが声を出してくれたようだ。
地面にキスをしながら事の顛末を見届けようと薄目を開ける。
………あぁ、この光景………何度か見たことあるぞ。
鈴屋さんの悲鳴は、ある意味、自称勇者たちの召喚だ。
ほら見ろ、腕に覚えのありそうな戦士から衛兵みたいなのまで集まってきた。
ごめんなさい、ゴロツキ風の人。見た目がアレなだけで、何も悪いことしていなかったのにきっと今夜はレーナの街ご自慢の牢獄行きだよ。
しかし……いってぇな…………
しばらくしてゴロツキも連行され、鈴屋さんが涙をためながら俺のもとに駆けよってきた。
「あー君、ごめんね、大丈夫?」
その涙は本物か?と疑うが、とりあえずいつものウソ泣きだろうと決めつける。
「…あのさぁ、鈴屋さん…………中身はどうあれ、今の皮は女なんだし、普通に…それこそ俺よりも身の危険はあんだからあんまり無茶しないでくれよ。俺もできるだけ早く勘を取り戻すからさ」
痛む頬をさすりながら体を起こす。
鈴屋さんが俺の頬に薬草らしきものを張り付けながら申し訳なさそうに頭をさげた。
いつものネカマテクで先ほど駆けつけてくれた戦士たちから頂いたのであろう。
「ごめんね、あー君…」
本人は割と本当に反省はしているようだ。
これ以上責めても仕方ないだろうと立ち上がり、体に着いた泥を払う。
「ま、いいけどさ。なんか泥だらけになったし、もう今日は風呂入って宿いかない? 初日だしさ」
俺がそう言うと、なぜか鈴屋さんは顔を真っ赤にしながら頷くのだった。
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