太陽は海に沈まない
小欅 サムエ
太陽は海に沈まない
道路に緑のアーチが描かれる、真夏のある日。私、西浦 七海はいつものように高校へと向かっていた。いつもなら軽い足取りも、どうしてだか、今日はやけに重たい気がしていた。体調不良なのかな、少し休んでから教室に行こうかな、そんなことを考えていた時。
「よう、やけに暗い顔してるな、どうした?」
明るく声を掛けられてしまった。彼女は、私の幼馴染でクラスメートの東山 陽菜。いつも明るくて、元気が良くて。太陽みたいだな、なんて思っていた。
私は、そんな彼女が愛おしくて仕方なかった。でも、彼女は誰にでも明るく、優しかった。それがどうしても許せなくて、でも、言えなかった。
「ううん、ちょっと調子が悪いだけ。ありがとう、大丈夫だから」
嘘。ちょっとどころじゃなくて、とっても悪い。本当は、すぐにでも横になりたくて、でも、彼女の前ではそんなこと言えなかった。
でも彼女は、私の様子を見てすぐに察してくれた。
「大丈夫じゃないだろ、ほら、保健室に行こう」
そう言って、私の手を握って引っ張ってくれた。温かくて、優しい感触が私の手に伝わった。もう、それだけで元気になれそうだった。
保健室に着いた私は、先生にしばらく寝ているように、と言われた。今日、大事なテストがあったはずなのに、どうしてこうなっちゃうのかな。良いことがあると、どうして悪いことが起こるのかな。
そんな風に思っていたら、彼女がまた声を掛けてきた。
「よう、大丈夫か? テストのことなら、私が先生に伝えてきたから」
心配そうに、私を見つめる彼女。その優しさが、私だけに向いてくれればいいのに。こんなことを思うなんて、やっぱり私、調子が悪いのかな。
「ありがとう。陽菜、私に構わないでいいから、教室に戻りなよ」
嘘。本当は教室になんか戻ってほしくなかった。でも、そんなことは言えないし、言ったらきっと、彼女は困ってしまう。
「いや、私は授業が嫌いだからさ。少しの間、ここに居させてよ。ダメかな?」
そう言って、いたずらっぽく笑う彼女。どうしてそんなことを言うのかな。一緒に居てくれるなんて、そんなのダメ。でも、嬉しい。
「先生に見つかったら、自分で責任取ってよね、陽菜」
いじわるを言っちゃったけど、嬉しくてついつい笑顔になっちゃった私。彼女のことを考えたら、教室に帰してあげた方がいいのに、私ってわがまま。
「ありがとう、七海」
そう言って彼女は、保健室の丸椅子に座った。
ざあざあ、と木々が風に吹かれている。私の心も、なんだか風に吹かれたみたい。彼女に、聞いてみたくて。私のこと、どう思ってるのかなって。聞いちゃった。
「……ねぇ、太陽って、海に沈むのかな」
「太陽が海に? それは、夕方に海に行けば見られるんじゃないの?」
「ううん、そうじゃなくて……本当に、太陽が海に沈むことって、あるのかな」
彼女は、少しキョトンとしたあと、クスクスと笑った。
「七海、そんなわけないよ。太陽は、海になんか沈まないよ」
「そう……だよね」
そんなことは分かっていた。分かっていたけど、そうだよね、太陽は海になんか沈まないよね。
でも、彼女はまた続けた。
「でも、太陽は大きくて優しいからさ。きっと海だって、包み込んで離さないかもね」
「えっ……?」
そう言うと彼女は、にっこりと笑って、私の頭を撫でてくれた。彼女のぬくもりが、私の頭いっぱいに広がっていく。
「今は、こんなことしか言えないけれど。でも、これで少しは元気になったかな」
私は、泣いてしまった。私の気持ちが伝わったのか、そうじゃないのかは分からない。でも、彼女が私に向けた優しさは、本物だと気づいたから。
「うん……うん、ありがとう。……早く元気になるよ」
彼女のぬくもりは、まだ頭に残っている。調子が悪くて一日寝てしまったけれど、私にとって幸せな日になってくれた。今日のことは、忘れない。
西浦 七海は、それからずっと東山 陽菜と一緒だった。死ぬまでずっと、二人一緒に。
他人から見たら、死ぬまで独り言を続けた彼女は、異様に見えたかもしれない。けれど、これも一つの愛の形なのだと、私は考えるのである。
『イマジナリ・フレンドが与える人生への影響に関する考察』
太陽は海に沈まない 小欅 サムエ @kokeyaki-samue
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