あの子の嫌いな歌

羊、数える

第1話『Love at first sight』

 それは高校二年生の春。よくある出会いだった。


 私、柳楽やぎらあおいは始業式の朝から大寝坊をかまし、チャリを飛ばしてなんとか朝のHRの予鈴までに教室のあるフロアにたどり着くことに成功した。ハァハァと息を切らしながら、春休み明けの久しぶりの再会を祝いあう同期生達の間をうまくすり抜けて、その中でも一番の人だかりを作っていて且つ、みんなの話題の中心であろう掲示板にデカデカと張り出されたクラス分けのプリントを見る。胸が高鳴る。小学生の時からこの緊張感には慣れない。一瞬で周りのざわめきが聞こえなくなって自転車を走らせた疲れも忘れ、世界に私とクラス分けの大きなプリントだけが取り残されたような心地になる。私の場合、苗字の頭文字が”や”で出席番号が後ろの方だからこういう表は下から見た方が効率的だ。A組には...私の名前はない。しかし、数少ない同じ帰宅部の友人であるまゆずみ雛子ひなこの名前を発見して落胆する。B組に...も私の名前はない。お、B組の担任の先生は学生人気ナンバーワンの体育会系爽やか好青年の里中先生だ。だからフロアに到着した時あんなに女子がキャーキャー言ってたのか。と納得がいった。もちろん担当教科は体育だ。結局最後のC組でやっと下から三番目のところに自分の名前を見つけるとホッとした。一瞬、自分の名前が無い未来を想像してヒヤッとしたのは内緒だ。そして次に他のクラスのメンバーに目を通す。胸の鼓動がより一層高まる。一年間を共にするクラスメイトは高校生活においてとても重要な要素だ。一番下まで目を通していく。見知った名前がいくつかあるが残念ながら去年できた数人の友人の名前は見当たらなかった。それに、担任の先生も去年三年生を担任していた人でほとんど接点がない。肩を落とす。まぁ...新しい友達作ればいっか。あまり私は人見知りしない性格なのだ。そう思い直して、C組の方へ向かう。教室の雰囲気はどんな感じなんだろうか。教室の入り口を跨ぐ、数人かがこちらを見る。それ以上でもそれ以下でもなく。私も軽く視線を返す。去年の人間関係が薄らと分かる。前の黒板に貼り出されている座席表に指定されている席を確認すると、窓際の列で最後列から2番目だった。ラッキー。席へ向かうと、私の後ろの席にはもう誰が座っていた。


 真っ黒の髪の毛にショートボブ。耳から白いイヤホンが垂れている。俯いている。目を瞑っているのだろうか?話しかけてみようか。悩む。しかし。いや。いくら人見知りしないからといって自分の世界に入っている人の邪魔をするほど、私も野暮ではない。私の葛藤を知ってか知らずか、それとも伝わってしまったのか、彼女は顔を上げた。その時私の心は完全に彼女に囚われてしまった。涼しげな目に整った鼻、程よい厚みでそれでも暖かみのある色の唇。こんなに可愛い子が存在するんだ。気づけば私は神に感謝していた。

でも。

「なんでそこ突っ立ってんの?鬱陶しいんだけど。」

それが彼女の第一声だった。

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