らのとべると動物園
七条ミル
らのとべると動物園
ピンクの髪をした女性が、ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていました。その鞄の中には、ライトノベルが入っています。彼女の名前は軽野鈴、司書をする傍らラノベを読み配信をする女の子です。成人してますが。
彼女の行先は動物園。今日は仲の好い女の子とデートの約束があるのです。
ふふふ。
これから鈴ちゃんが会おうと云う彼女は、今度成人するのです。お酒も飲もうなんて話しているのですが、その前に、彼女の提案で動物園に行こう、なんて話になったのです。
ふふふ。
自然と笑みが溢れます。
遠くの方に、彼女が見えます。普段の大胆に裾を短くした着物では無く、今日はイマドキ女子大生な可愛らしい服を着た女の子は、えへへと笑いながら鈴ちゃんの方に小走りで近寄ってきます。かわいい。
彼女は本山らの。通称らのちゃんとか、おらのさんとか。ほんとは狐ですが、ここは人間界。普段は耳と尻尾だけは出してたりしますが、今日は全部仕舞っています。
らのちゃんももうすぐ二十歳になってお酒が飲めるんだなぁ、なんで漠然と考えながら、鈴ちゃんはらのちゃんと発券機の列に並びます。都会からあまり近いというわけではありませんが、それなりに人はいました。なにせ恋するペンギンで有名になった動物園です。
あれ。鈴ちゃんは思います。らのちゃんは狐です。動物園ってどうなんだろう。でも、動物園デートって云ったのはらのちゃんです。鈴ちゃん、思考停止。あ、あれはホンドギツネ…………。まあ、鈴ちゃんもらのちゃんの笑う姿を見ていたらそんな些細なことは忘れていましたが。
ふふふんと二人で歩いてどうぶつをみていると、いつの間にかお昼です。あれ、さっきまで十時だったのになあと思いましたが何度確認してもお昼でした。楽しい時間は早いなあ、なんて鈴ちゃん微笑んでしまいます。
「どうしたんですか?」
らのちゃんが微笑む鈴ちゃんに気付きました。
「いやー、楽しいなって」
「楽しいですねぇ、えへへ」
らのちゃんの笑顔が、なんだか眩しく見えます。というか、本当に太陽がらのちゃんの後ろにあって眩しいと云うのもありますが。
まあ何と云ってもらのちゃんは大学生です。鈴ちゃんも若いのですが、いやはや、大学生。学生。なんというか時々図書館に来る学生さんたちを見ながら、懐かしいなぁ、なんて思ったり、思わなかったり。
でもでも、ラノベを再び読むようになってから、鈴ちゃんの人間関係はとっても幅が広くなりました。誰だお前、みたいな人とだって仲良くなることもありますから、この界隈。
らのちゃんだって、鈴ちゃんがラノベ読みを再開しなければ、ここまで仲良くなることもなかったでしょう。らのべるてぇてぇとか云われるようにもなりましたし。
まあそれは左程重要なことでもないです。いや重要じゃないって訳ではないですけど。
しかし、動物園デートと云うのもいいものです。一緒にいるのが狐であるということについて考えてしまわぬよう出来れば。この園内には遊園地的な施設もあるそうですから、あとでそちらにも行きたいなぁと思ったり思わなかったり。
さて、そろそろお腹も空いてくる頃です。らのちゃんがパンケーキ屋さんを発見したので、二人でそこに入ることにしました。
「でも、パンケーキってあんまりお昼っぽくないかもかもですね……」
「うーん、でもデートっぽいですよね」
「ふむふむたしかに。これはこれでアリですね」
「お腹空いちゃったらまた別のところで食べればいいですからね」
「そうですね! とりあえずパンケーキをば」
「あ、でもピザとかもあるみたいですね」
「きつねはなんでも食べるのでピザとかもいいですね」
「きつねはなんでも食べるんだ」
「食べます」
消化器官は人間に化けているときは人間なんでしょうか。まあでも、本人が食べると云っているのだから、食べれるのでしょう。
――今、目の前でパンケーキを食べている女の子は、本当はきつねで、大学生。今度二十歳になる、お酒が飲める、一緒に自分のおうちでお酒を飲む。
うーん、色々とすごいことになってしまったものだと、鈴ちゃんはパンケーキを口に入れながら思いました。
でも、鈴ちゃんもらのちゃんとお酒飲みたいので、大体全部OKです。
気づけば日も暮れ初め、西日がらのちゃんの整った顔を照らしていました。楽しい時間、やっぱり早い。なんだこれ。
そう、そう云えば動物園の中には遊園地も併設されている、みたいなことがどこかに書いてあったのを、鈴ちゃんは思い出しました。
「そうだ、観覧車とか、乗りませんか?」
「観覧車……! いいですね!」
らのちゃんに手を引かれて、観覧車の方に急ぎます。とても大きくて、風車を模したようなそれは、子供のころに乗ったそれとはまた違ったように見えました。
「なんか不思議だなぁ」
「何がですか?」
「何か、違くないですか?」
「うーん、たしかに違うかもですね……」
らのちゃんがふむふむと云いました。
「不思議ですね……」
「とりあえず、並びましょうか」
夕焼けが綺麗な時間で、丁度観覧車は混雑し始めていました。二人が列に並んだあとすぐに、次の人、さらにまた次の人と後に連なっていきます。
「なんだか前の方に居れて得した気分になりますね」
「たしかに!」
とか云っているうちに、列はどんどんと前に進み、すぐにゴンドラに乗り込む手前のところまで来ました。
もしかしたら、未成年のらのちゃんとこうやって遊ぶのも最後かもしれません。もうすぐ、らのちゃんも立派な大人になってしまうのです。でも大人ってなんだ。狐だぞ。
観覧車から見える景色は、それはそれは綺麗です。遠くに聳える山々や、或いは都会の街並みだとか。そして、何よりらのちゃんの横顔がとても映えるのです。ばえではなく、はえ。
一方、実のところらのちゃんも同じようなことを考えていました。鈴ちゃんのピンク色の髪が淡くオレンジ色になった光に照らされて、背景とも相まってとても綺麗だったのです。
――結局、観覧車に乗っている間、二人は口を開きませんでした。
「今年も、沢山の面白いライトノベルが出版されて重版されて完結するといいですね!」
閉園のアナウンスが流れるさなか、らのちゃんはそうつぶやきました。
「そうですねぇ」
でも、二人は確信しています。きっとそうなる、と。
そうこうしているうちに、もう二人は別れる時間となってしまいます。次に会うのは、きっとらのちゃんが
らのとべると動物園 七条ミル @Shichijo_Miru
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