籠姫〜終焉の少女〜

葵綴

第一章 軋む歯車

 あなたと出逢って–〝世界〟はただ哀しいだけのものではないのだと、知った。


  * * *


 物心がついたときにはもう、自分はただ〝違う〟のだということをわかっていた。広い屋敷の中で、鉄格子の中から見上げる月だけが唯一の慰めだった。

 〝彼〟と−出逢うまでは。


「初めまして、永久とわ様。鉄蓮くろがねれんです」

 空に浮かぶ見えない月の姿を、朔と呼ぶのだという。夜空を見上げていた少女は突然名前を呼ばれ、静かに振り返った。

 今まで見上げていた夜空のような深い瞳を持った少年が真っ直ぐに自分を見据えていた。 

 久しぶりだと思った。こんな風に自分と向き合う他人は。

「……怖くないのですか、わたくしが」

 思わず零れた台詞に、蓮が瞬く。

「どうしてですか?」

「−わたくしは、七扇しちおうぎの〝籠姫かごひめ〟です。知らないわけではないでしょう?」

 七扇家ーそれは、表向き世界に強い影響力を持つ財閥の名。しかしその裏家業こそが本質であることを知る者は少ない。代々生まれる異能を生業とし、畏怖される一族−その中でも、強すぎる力を持つ故に幽閉され育てられた少女–それが和だった。

「籠の中の姫だから−籠姫。なるほど。でも、籠の中の鳥の方がよっぽど自由ですよね」

 永久は目をみはった。昔、同じことを言った人がいた。

『まるで鳥籠だな。籠の中の鳥の方がよっぽど自由だろうけど。−待ってろ、永久。いつか、必ず自由にしてやる』

 そう言って、かの人は破顔した。脳裏に焼き付いて離れない過去を振り払うように、永久は小さく頭を振った。

 −もう〝いつか〟が訪れることはない。

 どうして出逢ったばかりの彼と重なるのだろうか。何一つ似ていないのに。

「今日から貴女の世話役になります。籠の中から出してあげることはできませんが、話相手くらいにはなれます。今日から宜しくお願いします」

 蓮は恭しく頭を下げた。その姿を、永久はただ見つめることしかできなかった。


 空に憧れ、自由を望んだ末路を−彼はまだ知らない……。


 狂った歯車が、静かに廻り出す。


 

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