環境の崩壊は突然に
〈翌日 AM 9:10〉
遮光カーテンの隙間から朝を知らせる光が差し込んでくる。
あたしの顔を淡く照らすその光は、まるで天使の梯子のようだ。
(眩しっ。なに?せっかく遅番だからカーテン引いてたのに)
偶然できた小さくファンタジックな空間。
しかし、そんな事など気にする事もなくバサっと頭から布団を被るあたし。
すると、
ピローン
ピローン
ピローン
今度は、聞き慣れた音が連続して部屋中に響き渡る。
ピローン
そしてまた
ピローン
もう一度
ピローン
(あぁぁああああ、しつこいっ)
「なによ?!もう!寝かせてよっ!」
あたしは、音の根源である携帯電話を手に取る。
ピリリリリリリリッ
すると、今度はタイミングよく着信が入った。
母からだ。
「もしもし。朝っぱらからな⋯⋯」
「ちょっと!今、テレビでやってんのってあんたんとこの会社じゃないの?どうなってんの?大丈夫なの?*^#%\*=$>|⋯⋯」
こちらが話し終えるのを待つこともなく、間髪入れず母が捲し立てる。
頭が30%も起きていないあたしには、後半何を言っていたのかは判りかねるが⋯⋯。
「とにかく、テレビ付けてみっ!」
(テレビ?へいへい)
あたしは、とりあえずタバコを咥えるとテレビをつける。
(⋯⋯えっ?これって?)
慌てて他局へチャンネルを変えるも、どの局も生放送にて中継を繋いでいた。
映るのは全てあたしの勤務する会社の “親会社” だ。
そこに書かれているテロップに青ざめる。
「⋯⋯ちょっと、あんた聞いてる?これ、あんたんとこじゃないの?」
「えっ?あ~、聞いてる。厳密にはあたしんとこじゃないけど。あたしんとこの、親会社⋯⋯かな」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「知らないよ!あたしだって、昨日聞かされたんだもん。詳しい事だってまだ聞かされてないし。また、こっちからかけるから」
あたしは、強引に話を終わらせると電話を切った。
タバコの灰がポロッと床に落ちる。
「被害者は現在判っているだけで数千人に上る模様⋯⋯⋯⋯」
リポーターの声が妙に部屋に響き渡った。
「⋯⋯これが、昨日課長が言ってた事?テレビで知る情報の方が多いんだけど。ちょっと、なんなのこれ?」
相変わらず、携帯電話はピローンピローンとなり続ける。
未読32件
全て、学生時代の友人からのメールだった。
メールの対応が終わる頃には、すっかり昼になっていた。
背中に何やら重い物を感じながら食堂へと向かう。
正直、おなかはすいてないがこれから仕事がある以上食べないわけにはいかない。
気は進まないが、致し方ない。
昼の食堂は、寮生だけではなく一般社員から派遣社員、アルバイトと工場で働く皆が使う共有スペースとなる。
昼食時間になると、常時40~50人はいて、昨夜の野球の話やらパチンコで勝ったやら負けたやらの話で常にガヤガヤしている。
しかし、それは今までの話。
あたしが入り口に近づくと、あまり知らない中年の男性社員とすれ違った。
その男性は、あたしの肩をポンと叩く。
「若い奴はいいよな」
そう言い残すと、目を合わせる事もなく去っていった。
(えっと⋯⋯誰だっけ?)
あたしは、どこか暗い影が残る彼の背を無意識に目で追っていた。
モヤモヤとした変な胸騒ぎを感じつつ、そっと中に入ることにする。
ギギグギギィ
一歩踏み込無むだけで、異様な空気を感じ取るには十分だった。
普段なら決して聞こえる事もないガラスドアの音。
聞こえることのない、足音。
全員が全員、入口にいるあたしの方を向いていた。
しかし、誰とも目が合わない。
ゾクッとし、思わず目を見開くあたし。
背中になにか寒いものを感じた。
皆が皆、無表情⋯⋯いや、無機質の塊のようだった。
そして、なにより、この異常なほどの
”無音”
いや、正確にはテレビの音 ”だけ” が静かに聞こえている。
皆は、入口上部にあるテレビを凝視していたのだ。
あたしは、この気持ち悪い視線から逃げるようにそそくさと列に並ぶ。
「おぉ、サキちゃん、今日は休みかい?」
聞きなれた元気のいい声が飛んできた。
食堂のおっちゃんだ。
私服姿での登場の為、そう思ったんだろう。
食堂のおっちゃんの忙しさもこの時間帯がピークとなる。
「いえ、今日は遅番で。これから仕事なんです。あっ!今日は、うどんでお願いします」
「あいよっ!ところでなんか大変な事になっちまったみて~だなぁ」
テキパキと湯切りをしながら、おっちゃんは続ける。
「ホントだよ。私たちはこれから一体どうなっちゃうのかねぇ?」
後ろに並んでいたおばちゃんが割って入ってくる。
(あんたたちにもわかんないことが、入社して間もないあたしにわかるはずないじゃん)
内心そう思いつつも、にこっと笑ってごまかすあたし。
「おっ!ちょうど今から社長が話すみたいだぞ」
振り返ると、テレビではちょうど記者会見が始まっていた。いや、謝罪会見と言った方がいいか⋯⋯。
「大変申し訳ありませんでした」
この言葉だけが繰り返し繰り返し、頭の中をループするように耳に残る。
正直なところ、その他の話しはほとんど覚えていない。
ただ、あたしが初めて見るグループのトップは、画面越しでただただひたすら頭を下げ謝り通していた。
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