恵美との小さな事件 ③
⋯⋯翌日。
「咲希っ!! いつまで、寝てんのっ!! 早く起きなさいっ!!」
いつもどおり、母の罵声で一日が始まる。
いつの間にかカーテンが開けられており、朝日が目に飛び込んでくる。
(⋯⋯⋯⋯ん?? まぶしぃ⋯⋯あさ??)
不意に昨日の記憶が蘇る。
(⋯⋯えみ)
⋯⋯気が重い。
こんな気分でも熟睡できる自分が嫌になってくる。
(あたし⋯⋯たしか⋯⋯隅でうずくまって泣いてたような⋯⋯。
いつの間にベッドに入ったんだろう??
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯。
⋯⋯ゃばっ!
また、寝ちゃうとこだった。
⋯⋯まぁ、いいか。
ど~せ、ボーッとしてて思い出せそうにないし⋯⋯)
重い体をゆっくり起こすと⋯⋯
「咲希っ!!
いい加減にしなさいっ!!」
本日、早くも二度目のカミナリだっ!!
「⋯⋯はいはい。
起きてる、起きてる。
今、行きますよっ!」
そういいながら、階段を降り顔を洗って髪を直し、ダラダラと制服に着替えて私がテーブルに着く頃には、もうすでに朝ごはんは置かれていた。
ご飯,みそ汁,卵焼き,漬物,のり⋯⋯。
あたしの家の朝食はほぼ100%和食だ。
別に、洋食が嫌いな訳ではない。
父が、根っからの”米好き”だったからである。
パンでは食った気がせん、と鼻息を荒げた。
その父は、もうとっくに仕事に行ったらしい。
基本、朝食や夕飯はみんな一緒に食べる事になっているんだが⋯⋯。
あたしを待っていると遅刻するとのことだ。
「あ~~ねみ~ぃ。
⋯⋯いただきま~す」
あたしが、卵焼きに手を伸ばし口に運ぶと母が話し掛けてきた。
「ねぇ~咲希。
あんた何があったかは知らないけど、寝るときはちゃんとベッドで寝なさいよっ!!
そのうち風邪ひくにぃ!!」
あたしは、箸を口にいれたまま固まった。
(⋯⋯やっぱりあたしベッドで寝てなかったんだぁ⋯⋯)
どうしても思い出せないあたしは、母に聞いてみる。
「ねぇ、お母さん。あたし、いつベッド行ったか知ってるぅ??」
母は不思議そうな顔をしながら答えてくれる。
「はぁ??
知ってるもなにもあんた、肩叩いて起こしたら返事して自分で歩いてったでしょうが!!
覚えとらんのぉ??」
「えっ??⋯⋯ぅ⋯⋯うん」
(あたしが⋯⋯返事⋯⋯自分で⋯⋯ねぇ。
はぁ~。 全然知らんし⋯⋯)
あたしは箸をくわえたまま肘を付き少しばかり思い出してみる。
すると、
「咲希っ!!
やめなさい!行儀悪い!!
あんた、そんなことよりさっさと行かんとっ!!遅刻するにっ!!」
本日、3度目!!
あたしは、
「へっ??」
と、思わずマヌケな声を出していた。
壁にかかっている時計を見ると、
(⋯⋯07:24??)
07:24
すでに電車到着時刻10分前!!
そして、恐ろしい事に家から駅までどれだけ自転車を飛ばしても10分はかかる。
いつものことと言えばいつものことなんだが⋯⋯。
こうなると、無駄な行動一つでも命取りだ。
「あっ!やばっ!!
行ってきまーす!!」
食べるのを止め、カバンを持ち玄関に走る。
「こらっ!! お弁当!!」
母が弁当を持って後ろから追っかけてくる。
「あっ! ごめん!
ありがとっ!!
じゃ~行ってくるねっ!!」
受け取った弁当をカバンに入れ靴を履き、ドアに手をかけると再び母の声がする。
「ちょっと! あんた、待ち!
これ、自転車の鍵!!」
いつもながら自分のマヌケさには呆れる。
「あ~~もぅ。
今度こそ行ってきますっ!!」
玄関を飛び出し、ひたすら全力で自転車を漕ぐあたし。
「⋯⋯発車いたします。
閉まる扉にご注意下さい」
(ちょ⋯⋯ちょっと待った!!)
プシューー
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!!」
閉まりかける扉に無理矢理足をこじいれ止めるあたし。
(ここまで頑張って逃げれられてたまるかって!!)
再びドアが開き中へと入る。
周りの視線が少々痛いが、この際無視っ!!
まずは、息を整えるのが先だ。
「はぁ~。はぁ~。はぁ~。はぁ~。
あぁ~~マジしんどっ!!」
などと、独り言を言っていると突然背中を叩かれ聞き慣れた声が聞こえてくる。
「咲希!! おはよっ!!
今日はいつも以上にギリギリだねぇ!!」
振り返ると、案の定いつも一緒に同じ時間の電車に乗る “果歩” だ。
「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ~~、おはよ~!! もう、ほんとだよ!! マジ、ギリギリだしっ!! さすがに、ダメかと思ったわ!!」
「っていうか、咲希!! 周り見てみぃ! 若干引いてない??」
「⋯⋯えっ??」
果歩の言うとおりだった。
乗客の皆さんの視線がどうも冷たい。
通勤中のサラリーマンにOLさん。そして、他校の女子高生の群れ。
それらの人達の視線が一気に降り注ぐ。
満員電車の中に、さらに一人無理矢理入ってきたんだから無理もないのかも知れない。
なかには、クスクス笑っている人たちもいれば、少し離れた男子高生からは「よしっ!」なんて小さな声も聞こえてくる。
耳を澄まして聞いていれば、どうやら "何秒前に到着するか??" 賭けていたらしい。
(はぁ。はぁ。あたしの、ダッシュは朝の恒例行事??)
毎朝、同じ時間、同じ車両に乗っていると他人とはいえ毎日同じ顔ぶれである。
そう言うことも起きてくるのか⋯⋯。
(そんな目で見ないでよ~。仕方ないじゃん。
⋯⋯もう、無視無視!!)
などと、飛んでくる視線を跳ね飛ばそうとしていると、果歩が話し掛けてきた。
「ところで、咲希ぃ~。あんた最近どう?? なんか顔疲れてる感じだけど⋯⋯大丈夫??」
果歩が、密着状態から顔を覗いてくる。
「えっ?? いや~~だって今、自転車必死に漕いできたばっかだし⋯⋯」
「いや⋯⋯そういう疲れじゃなくって⋯⋯なんか、こう精神的に疲れてるっていうか⋯⋯早速テスト疲れ??ってか、あんた今日鏡見た??クマ酷いし、なんか、目腫れてるけど⋯⋯」
(⋯⋯あっ!?)
あたしは、昨夜の事を思い出す。
(腫れてる⋯⋯か。あたし⋯⋯何時まで泣いてたんだろう⋯⋯)
今朝は、顔を洗って髪こそなんとか直したもののそこまでしっかりチェックしてる余裕なんてなかった。
いや、本来はそれでもチェックするべきなんだろう。
果歩の顔を見てみると、バッチリ決まっている。
自分の顔の長所短所を的確に捉え施されたメイク。
それでいて、しているかしていないかわからないほどナチュラルに。
そして、なによりその顔には汗ひとつない。
それと比べてあたしはというと⋯⋯自分の女子力の低さに少々げんなりする。
(⋯⋯今度、教えてもらおうかなぁ。
⋯⋯ん??⋯⋯いや⋯⋯ちょっ⋯⋯今なんて言った??テストぉ??)
⋯⋯マズイ。
昨晩あのまま寝てしまい、今日がテストだと言うのに一切なにもやっていない。
見る見る顔が青ざめていくのがわかる。
「⋯⋯ちょっ⋯⋯ちょっと咲希!!どうしたの??ちょっと大丈夫??」
果歩の表情が露骨に心配そうだ。
どスッピンなのはこの際いいとしても、汗だくな顔に、自転車の風圧で髪も少々乱れ、目は腫れてクマもある。
そこから、顔が青ざめてくるのだ。
誰が見ても異常⋯⋯いや異様に見えただろう。
「いや~、昨日ちょっとあって⋯⋯テスト勉強⋯⋯するの忘れた」
プシュー
電車が果歩の降りる駅に到着し、ドアが開く。
「⋯⋯っは??」
果歩は、そう言い残すと人混みの流れに飲みこまれながら強制的に降ろされていく。
あたしは無言で手を振ると、果歩も振り返してくれた。
(あちゃ~、あたしなんかみんなに心配かけてばっかりだなぁ)
ブブブッ ブブブッ
携帯が何かを受信し振動する。
果歩からのメールだった。
『なんか結局よくわかんないけど、大丈夫!!あんたならやれる!!頑張れっ!!ファイッ!! また、ゆっくり聞かせてね!!』
(ははは~。まぁ、やるだけやるさよ~)
この、なんの根拠もない "大丈夫" によくわからない勇気をもらい頭の中を冷静に整理し、残された僅かな時間で何をどこまでやれるかを考える。
まずは⋯⋯
『ありがと!!いつも、心配かけてごめん。テスト終わったらいつもの店でゆっくり話すよ。また、聞いてねっ!!』
と、送信した。
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