恵美との小さな事件 ②

 電車に乗っているあいだ、降りてからの帰り道、ずっと恵美の事を考えていた。



 ガチャッ!!


「⋯⋯ただいま」


 あたしは、家に着いても気が気じゃなかった。


「あらっ! おかえり!! 今日は、早いんだねぇ!!」


 台所から母が出迎えてくれる。


(早い??)


 時計を見るとまだ18時を少し過ぎたぐらいだった。


 いつもなら、まだ部活をしている時間だ。


「ん?? あんたどうしたの?? なんかあった??」


 さすがは親といったところか。

 あたしの表情一つでなにか察したようだった。

 よほど、暗い顔をしていたのかもしれない。


「なんでもない。お風呂入ってくる」


 きっと、自分の部屋へ行ったところで母は心配してやってくるだろう。

 別に、母をお節介だとは思わないし、当然嫌いでもない。

 少々口うるさいところはあるが、あたしは母が好きだ。

 だけど、あたしは今誰とも話したくなくどうしても一人で居たかった。

 それを叶えるに、お風呂という環境は絶好の場所だった。



 湯船に浸かり喫茶店でのことを思い返す。


 あたしのしてしまった事⋯⋯


 あたしが逆にされたら、どう思うだろう⋯⋯。



(咲希⋯⋯つまんない??)




 あの時の恵美の言葉と表情が鮮明に甦る。


「えみ⋯⋯。

あたし⋯⋯明日どんな顔して会えばいいんだろう。

怒ってるよねぇ。

嫌われたかなぁ」



 2時間程たっただろうか。

 母の罵声が響き渡る。


「咲希っ!! あんた、いいかげん出てらっしゃい!! ご飯だよっ!!」


(⋯⋯げっ?? マズイ!!)


 こうなると、もうここにはいられない。

 父も順番待ちしていることだろう。

 痺れを切らすとまずい。

 さっさと出ないと、あたしの父は誰が入っていようと容赦なく入ってくる。

 それが、たとえ娘であってもだ。


「⋯⋯はいはい。 あっ! お母さん、ごめん。 今日、あたし夕飯いらない。食欲ないから⋯⋯」


 そそくさ着替えて脱衣所を出ると父とすれ違う。


「なんだ。もう、出てきたのか。せっかく一緒に入ってやろうと思ったのに!!」


 父は、半ば冗談に聞こえない冗談を言ってくる。


「残念でしたぁ~~♪」


 と、あたしは茶化した。


 すると、父は「にやっ!」と笑ったかと思うと、左手であたしの頭をクシャクシャ撫でて風呂場に入っていった。



 いつもは、そんな事してこないのに⋯⋯。



 あの大きな手



 どこか妙にほっとしている自分がいた。


 もしかしたら、母が父にあたしのことを「何か様子がおかしい」とでも話したのかもしれない。

 なんにせよ、父の手があたしに落ち着きと勇気を与えてくれた。


(一人で悩まずに、相談してみよう)


 あたしは自分の部屋に入ると、ベッドの脇にしゃがみこむ。


 ピリリリリリッ!!

 ピリリリリリッ!!


 あたしの携帯だ。


 電話は⋯⋯明日香からだった。


(⋯⋯そうだよ。明日香に相談しよぅ)


「⋯⋯はい。もしもし」


「咲希⋯⋯ちょっと、声小さくて聞きにくいんだけど!! ⋯⋯あんさ~。あんた、恵美となんかあったわけ??」


(⋯⋯明日香⋯⋯もう知ってるんだ⋯⋯)


「⋯⋯⋯⋯うん⋯⋯。

⋯⋯ちょっと⋯⋯」


「さっきさ~。#恵美__あいつ__#から電話あったんだけど⋯⋯泣いてて何言ってんだかさっぱりわかんなくてさ~。とりあえず、あんたの名前は聞き取れたから聞いてみようと思ったんだけど⋯⋯」


「⋯⋯うん。実は⋯⋯」

 一通り明日香に話し終わる頃には、あたしもしゃべれなくなっていた。


「さ~き。泣くなよ~」


「あ⋯⋯あた⋯⋯あたっし⋯⋯ひっひど⋯⋯いよね⋯⋯ぇ。 っ っぅ あすかぁーーー!!」


「あ~~~も~~~。わ~かったって!うるさいなぁ!! あっちもピーピー! こっちでもピーピー!

ったく、よ~泣きやがるなぁ!!

まぁ、二人しかいないのにしゃべっとる最中に目の前で寝ちゃったり、適当に返事したのは⋯⋯よくはねぇわな!!

けど、つまらんとかの理由でわざと寝たり返事したわけじゃないんだろ??」


「そ⋯⋯そん⋯⋯そんなこ⋯⋯こと⋯⋯⋯⋯しないよぉ」


「だろうねぇ!! あんたはそんなことしねぇわなっ!!

ったく、わたしがいないとほんとおまえらダメだなぁ!!

じゃ~明日、わたしが間に立ってやっからちゃんと誤解解いて仲直りしな!!

恵美も別にあんたの悪口とか言ってなかったし。

なんか、自分はつまんないだとか、なんとか⋯⋯自分責めてるような感じだったかなぁ??

⋯⋯何言ってんだかわかんなかったけど。

今から、恵美んとこ電話してみっから! じゃ~切るよ!! ちゃんと寝ろよ!!」


「⋯⋯うん。⋯⋯あすか⋯⋯ありがと」


「はいはい。

#恵美__あいつ__#まだ泣いてんじゃねぇだろうなぁ⋯⋯。 じゃ! おやすみぃ~!!」


「うん。おやすみぃ」


 プツッ!!


(明日香⋯⋯ありがと)


 あたしは、携帯を眺めながらしゃがみこむと、膝を抱えしばらくその場で泣いていた⋯⋯。





 あした⋯⋯おねがいしてみようかな⋯⋯


 いえるかな⋯⋯いえたらいいなぁ⋯⋯

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