第66話 第四章 アルス、ロンガ、ウィタ、ブレウィス(24)

【五月二十二日 午後一時二十分 神保町 学芸院大学】

 もはや俺に曜日は関係無かった。

 数日前から大学の研究室に戻り、いよいよ実物の粘土板の分析を開始している。

 ヴィオラは、毎日いそいそと付いて来ている。

 大学側から何か言われるかと思ったが(ヴィオラは部外者だし)、誰も何も言ってこない。

 それどころか、いつもは挨拶くらい交わす学部長とか理事も、なんとなくよそよそしい。というか、避けている感じさえする。

「お好きなようにどうぞ」感が滲み出ているのだ。

 おそらく内田少佐にいろいろ言われているのだろうし、彼らも「内閣官房からの依頼が来るってオマエ何者なの?」と、不気味がってもいるのだろう。

 無理もない。だって普通こんな依頼来ないもんな。

 だがおかげで、ヴィオラを連れてくることが出来る。

 ・・・それにしても、この粘土板は、何度見ても何の変哲も無い古代遺物だ。

 まずは組成分析と、年代測定に取り組む。

 この学芸院大学は研究員のレベルこそ月並みだが、装備は超一流だ。

 就職するときにはそれを期待したのだ。考古学には最新の高性能分析機材が、絶対に必要だからだ。だが残念なことに、俺に肝心の考古学研究が回ってこなかったんだが。

 大学自体、現在考古学に積極的に取り組んでいないということと、優秀な研究者がいないということが相まって、せっかくの機材が埃を被っている有様だ。

 他に使う研究者もいないのだから、もったいない話な訳で。

 粘土板を慎重に削りサンプルを取る。組成分析のためにすり潰し、粉末状にして分離器にかけたり試薬を投じたり、いくつもの手法を試みる。

 いつも頼りにする放射性炭素年代測定法は、粘土板が有機物でないため適用出来ない。

 よって、当時ボストン大で試した光エネルギー年代測定法を用いることにした。

 この測定法では、粘土板に蓄積された光エネルギー量が重要なため、粘土板が光を吸収しないよう常にカーテンを閉めたり、暗幕を張るという状態になった。

 もっとも粘土板を納めたケースは、特殊な遮光構造になっていた。

 ケースに詰めてくれたボストン大のスタッフは同じ専門家として、この辺の繊細な事情をよく心得ている。だから特殊な遮光ケースを造って、そこに納めてくれていたのだ。

 おかげでケースを開いただけでは、粘土板に光が当たらないようになっているため、光エネルギー測定法は有効なはずだ。

 俺は黙々と分析作業を続けた。

 作業はいくつかのステップに分かれており、どれも慎重を要する。

 分析作業自体の過程で精度が落ちると、結果に直撃して誤差が過大になってしまう。

 ・・・って言ってるのだが、

「えいえいっ」

 俺の座っている椅子に、ヴィオラがぐいぐいと強引にお尻を入れてきて、無理矢理一緒に座ろうとしているではないか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る