第224話 その人の実力

 胡さんに電話を掛けたらすぐにつながった。

 1時間ほど待っていたら胡さんが魔討士協会の本部まで来てくれた。 


「お心遣い……深く感謝いたします、片岡師父」


 会議室に案内されてきた胡さんが90度まで腰を曲げて深々と礼をしてくれる。

 ただ……命がけ、というのが何を意味しているのかは想像もつかないから気が進まない。


「具体的な話をする前に、台湾誅師公会は彼等のことをどの程度しっているのか、お話しいただきたい」


 木次谷さんが詰問するような口調で言った。


「ご安心を。彼らは絵空事だと思っていますよ。妻子を失った私の妄想だ、とね。

私が特級の誅師だから私の顔を立ててあなた達に問い合わせをしてくれただけです」


 淡々とした口調で胡さんが言う。

 そりゃ確かにそうか。獣耳を持った人がダンジョンの向こうにいて、こっちにも着ているなんて、実物を見ないとまず信じられないだろうな。

 

「台湾誅士公会も含め、他に決して情報を漏らさないこと。この話を進めるならそれが条件となります」

「もとより承知の上です。あの獣が何かと言うことも、政治的駆け引きにも地位にも何の興味もありません。あの獣を討つ以外に望みなどない」


 胡さんが全くためらいなく答える。

 木次谷さんが胡さんを探るように見て、それから机の上のタブレットに視線をやった。


 木次谷さんがこっちを見て一つため息をついて、頷いてくれる。

 話していいって言う合図だな。


 事前に打ち合わせをした通り、ソルヴェリアについて、それとシューフェンについて伝えた。 

 シューフェンのあの感じだとおそらく心当たりがある。そしてなにか対応してくれるっぽい。


 シューフェンやグイユウとかは堅苦しいけど武人って感じだったけど、そうじゃない奴もいるんだろう。

 日本にだって魔討士だっていい人も嫌な奴もいる。善人だけの国なんてありえない。

 話をし終ると、胡さんがもう一度僕と木次谷さんに一礼した。


「機会を与えていただき感謝しています、師父、そして魔討士協会の皆さん。この御恩を終生忘れることはありません」

「命がけっていう話ですけど」


 シューフェンの意図はわからないけど……彼等の国は現代日本の感覚からするとかなり前時代的だ。

 江戸時代とか戦国時代に近い気がする。

 命がけって言うのは例えじゃなくて文字通りの意味かもしれない。穏便に済むとは思えない。


「もとより無傷で報復できるとは思っておりませぬ……むしろ命がけは望むところです。

それより差し支えなければ、どこかで体を動かす場をお借りいたしたく思います」


 胡さんが全く意に介さないって感じでいった。



「どうした、片岡。客を連れてるとは珍しいな」


 代々木の訓練施設に行って着替えたところで師匠がいた。

 まあいつもこの人はいるんだけど。


 もうそろそろ夕方だけど、2階の道場には人がたくさんいて、思い思いに素振りしたり試合をしたりしている。

 見た感じ今日はセス達はいないらしい。


「台湾の魔討士の人ですよ。ちょっと訓練に」


 こちらもジャージ姿に着替えた胡さんが師匠に向けて一礼した。

 師匠が胡さんを射貫くような目で見て、胡さんが姿勢を正した。


「……片岡、この人に良く学んでおけよ……達人だぞ。手合わせして頂け」

 

 師匠がそう言って胡さんに向かって一礼した。

 ……師匠がそこまでいうならそうなんだろうと思う。


 宗片さんと何度か試合をして貰ったのは大きな経験になった。

 強くなるためには強い相手と戦うのは大事だ。

 

「なら、せっかくだから……お手合わせ願えますか?」


 格闘系の戦い方をする魔討士はたまにいる……というか能力は選べないから、そういう能力だとそうせざるを得ない。

 鏑木さんとかもそのパターンだ。


 ただ、格闘系は間合いが短いという明確な弱点がある。攻撃を当てるためには魔獣の懐に飛び込まざるを得ない。

 そう考えればリーチの長さはそれだけで強力な武器だ。

 

 魔獣の懐まで飛び込むのは当たり前だけど危険すぎるわけで……だから格闘系の魔討士は少ない。

 能力の限界を感じてやめる人もいる。風を使って距離をとれる僕の能力はかなり恵まれている


 強い格闘系の能力持ちがどうやって戦うのか。

 個人的にも興味はあるな。


「おい!全員集まれ!片岡が試合をするぞ。しかも相手も達人だ。なかなか見れるもんじゃねぇぞ」


 師匠が言うと、周りで稽古をしていた人が集まってきて人垣ができた。

 師匠が使い慣れた模擬刀を渡してくれる。


「特に格闘系の乙類!自分の能力の可能性を見ておけ!」

「では、片岡師父。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 手には黒いグローブを嵌めた胡さんが一礼した。

 こっちも模擬刀を何度か振って手になじませて構える。胡さんも開始線で構えた。


「では、始め!」


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