第222話 その人の目的

 さて、どうしたもんだろうか。

 はいあります、とは言えるはずがないわけで、あくまではぐらかすしかないかな。


「いえ、あれは見間違いですよ。近くで見ていた僕が断言します」

「……私はあの者たちと会ったことがあります」


 胡さんがはっきりした口調で言った。



 会ったことがあるのか。だからこそあそこまではっきりと言えたわけか。

 そんなことあり得るのかと思ったけど……あり得る話かもしれない。


 ダンジョンは世界中に表れている。

 パトリスたちによれば欧州は新宿系が多いみたいけど、他の国でもソルヴェリアとかの異世界人と接触があってもそれ自体は不思議じゃないか。

 日本からダンジョンに紛れこんで向こうの世界に行った人もいるわけだし。


 野良ダンジョンがどういう法則で現れているのかわからないけど、日本の僕らの前にだけに選んで現れてるなんてことはないだろう。

 ただ、シューフェンたちの言動を見るかぎり、正式な交流は日本とだけのようだけど。


「あなたはあのものと特に驚くことも無く話しておられた。よって何らかの関りがあるものと考えました」


 胡さんが僕の考えを見透かすようにこっちを鋭い目で見る。緊張感が伝わってきた。

 実際に見たというのなら、適当に誤魔化すというのはできそうにない。


「ぜひとも引き合わせてもらいたいのです。力添えを頂けないでしょうか?」


 僕の返事を待たないで胡さんが話をつづけた。


「なんでです?」

「4年前から……台湾にも冥府ダンジョンが現れるようになりまして、私はもとより武術の心得がありましたし、能力もあったので誅師として志願しました。

忘れもしない3年前の3月20日……家族と西門路歩いていた時です。冥府ダンジョンが現れて戦いました」


 静かな口調だけど……複雑な感情が端々から伝わってきた。

 

「その日現れたのは蛇のようなものでしたが、私が冥吏ダンジョンマスターを討伐できました。しかしその直後に背中から切られた

……時折手柄を横取りする不埒物がいるのでそれかと思いましたが……違った。

忘れもしない。私を切った者は……人だった。しかし茶色の髪からは三角の獣の耳が伸びていた。尾があった。その服には狼の顔をかたどった刺繍が入っていた」


 その時のことを思い出しているように、胡さんが黙ってコーヒーカップを握りしめた。


「妻と息子は……その男に殺された……私は深手を負って動けませんでした」


 静かに胡さんが話し終えて、カップのコーヒーをもう一口飲む。

 お客さんが多くて周りは賑やかなんだけど、不思議なくらいにはっきりと聞き取れた。

 

 ……なんかいつの間にか重い話に巻き込まれてる気がする。

 緊張感が伝わったのか、こっちを見たウェイトレスさんが目を逸らして離れていった。


「皆は傷の痛みで幻覚でも見たのだろうと言いましたが……あの動画を見て確信しました。

あの時会ったことがあるからこそ分かる。あの者はわが妻と息子を切った者の同族だと」


 シューフェンたちの言動を思い出す限り、女子供を切るような連中には見えないんだけど。

 とはいえ僕が会ったソルヴェリアの人は数人だけだ。

 

 それに当たり前だけど、尊敬すべき立派な人しかいない国なんて存在しないだろう。

 いい人がいればロクデナシだっている。


「つまり……」

「願わくば復讐の機会を。あの日から台湾中をめぐって冥府ダンジョンの討伐に参加してきました。あの者を倒すために研鑽を積み、序列は特級まで上がった。

しかしあのものとは一度も巡り合えなかった」


 胡さんが静かに言った。

 テーブルの上に置かれた手にはいくつもの傷と痣、それとあちこちに硬そうな拳ダコがあるのが見えた。

 

「そういうことは……魔討士協会に行ったほうがいいんじゃないでしょうか」

「台湾誅師公会を通じて魔討士協会に問い合わせをしてもらいましたが、彼らはそんなものはないと返答しました」


 胡さんが言う。

 当たり前だけど、ソルヴェリアに限らず異世界側の国の存在については緘口令が敷かれている。


 ダンジョンの向こうに知的生命体がいて国があって限定的であっても移動可能なんていうことが分かったら日本のみならず世界中でとんでもない騒動になるだろう。

 なので対外的にはそう答えるしかないだろうな。


「ですから、口添えを願いたいのです。あなたは高名なる高校生の乙類5位であり彼らと接点がある。あなたの言うことには魔討士協会も耳を傾けるでしょう」

「……どうですかね」


 僕が言ってどうなるっていう問題じゃない気もするけど。


「無論、片岡師父にこのような要求に応ずる義務も理由もありません。あなたにも立場があるのも理解しております。

しかし……もはや万策尽きた今、あなたの情けにおすがりするより他ない。どうか我が無念を晴らす機会をお与えください」


 感情の揺れが感じられない口調で胡さんが言う。

 ……それでも滲み出るような無念の気持とそれを押し殺そうとしていることくらいは感じられた。


 なんとなく初めて会った時の七奈瀬君を思い出す。

 今は絵麻となんとなく仲良くなって少し角が取れた気もするけど、彼の中にはまだ家族を殺された怒りとかが根付いているのは感じる。


 家族を殺されて復讐に囚われていた時の彼に、そんなことをしても仕方ない、忘れて生きていく方がいい、なんて言うことは出来ない。

 それはきっと体験したことが無い僕には言う資格がないことだ。


「またご連絡します」


 色んな意味で僕一人で判断できるものじゃない。今言えるのはここまでだ。

 胡さんが長い沈黙の後に一礼した


「感謝します。こちらはワタシの電話番号です。ご連絡いただけるまで滞在するつもりでおります。ご連絡をお待ちしております」



 

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