第185話 決戦の朝
試合は二日後になった。
それまでは予定通りに梅田の地下街での見回りになった。
尾城が目が合うたびにニヤニヤ笑いを浮かべているのが腹が立つけど、横では清里さんが静かにキレかけてるので僕がキレるわけにもいかない。
決戦の日の前の夜に児玉さんに会いに行った。
魔素の斬撃とやらを浴びたらしくて、肩から掛けたベルトで左手を吊っている
怪我はしてるけど顔色が悪くないのは幸いだな。
治癒術師を派遣する、と木次谷さんが言ってたからそのおかげなんだろうか。
「片岡さん、すみませんなぁ。あいつらにいきなり攻撃されて対応できへんかったんですけど……でも俺達が負けなきゃこんなことにならへんかったし、なんでも清里ちゃんが無茶言うたらしいですやん?」
「まあ」
どうやらその後の経緯は知ってるらしい。
こんな展開になったのは清里さんが煽ったから、と言うのはある。
でも、それはそれとしてあいつらの言い草にも行動にも腹が立ったし、全部わかって乗ったのは僕の意思だ。
だからこれはもう僕自身の戦いだ。
「僕等があいつらを倒せば、児玉さんは弱くないって証明になるでしょ」
「ありがとさんです。片岡さん、よろしゅう頼んますわ」
児玉さんがニッと笑って右手を差し出してくる。その手を握った。
「でも油断せぇへんでくださいよ。
一人、顔見知りが居たんですけど、確かに能力強化はされてましたわ。あんな風に遠くまで斬撃を飛ばすなんて出来へんかったはずなんで」
「わかりました」
とは言っても、あのカマキリとか宗片さんより強いのがいるとも思えない。
そう言う意味では修羅場を潜ったのはいい経験になってるな。
◆
約束の場所は早朝6時前の梅田の地下街だ。
なんで敢えてそこなんだろうか。
早朝で少し薄暗い梅田の地下街は昼の感じとは全然違う。
人影も全くない。どうやら人払いというか立ち入り禁止になってるらしい。
木次谷さんと一緒に行くと、指定された広いホールのような場所にはもう10人ほどがいた。
一人はこの間会った元村。前に見た時と同じ張り付いたような笑いが浮かんでいる。
それと尾城。
それと並ぶように30歳くらいの男ともう一人20歳くらいの男がいた。あいつらが僕等の相手なんだろうか。
「よくお越しくださいました」
元村が慇懃な口調で言う。木次谷さんが儀礼的に会釈を返した。
「では確認しておきます。今日のこれはあくまで両団体の交流戦です。我々の優秀さを知れば協力関係を構築しようということになることは間違いない。遺恨を遺さないように、双方、熱くなりすぎないようにお願いします」
元村が言う。横で清里さんが静かに舌打ちしたのが分かった。
「では早速試合場を設置しましょう。騒がしくなると困りますので、魔討士協会の皆さん、魔討士アプリを切って頂きたい」
元村が言う。言われた通りにアプリを一旦切った。
元村がもっていた大型のタブレットを操作すると、空気が震えて周りに赤いダンジョンが展開された
◆
周りのホールのような壁を赤い光が覆った。パネルのような赤い平たい壁だ。
確かに見た目はダンジョンの中っぽい。
「こい、鎮定」
呼びかけると風が渦を巻いて鎮定が現れた。
ということは、間違いなくここはダンジョンの中だ。ただ、周りには敵の気配とかはない。
野良ダンジョンを人為的に作り出すなんてできるなんてできるんだろうか。
「如何でしょうか。我々の技術は。木次谷さん。私たちと対立するよりも組む方が得策だ。そうは思いませんか?」
元村がタブレットを片手に言うけど。
「……いえ。それはあり得ません」
木次谷さんがはっきりと言い返した。明確な拒絶の言葉に元村が少し顔をしかめる。
「そんな交渉は不要ですよ、会長。こいつらにいちいち頼む必要などありません。我々の言うことを聞かせればいいだけです」
尾城が言う。
手には青い刀身の片手剣が握られていた。あいつの武器は片手剣か。
斎会君の槍と清里さんの
「我々は我が技術により防御を強化しているが、心配ならば防御でもなんでもかけたらどうだい。まあ手加減はしてあげるけどね」
そう言う尾城の体を薄く白い光が覆っていた。
あれが例の能力強化とやらだろうか。
「皆、こっちに来てくれ。私が防壁を掛ける」
檜村さんが呼び掛けてくれて、清里さんと斎会君が集まる。
僕等を見て檜村さんが詠唱を始めた。
「【書架は南東・理性の七列・五十二頁21節。私は口述する。
『災いは影のごときものなれば、光満つれば其はおのずと退くが理』術式解放】」
詠唱が終わるとあいつらと同じように白い光が僕等の体を包んだ。
「おおきに、檜村さん」
「ありがとうございます」
「私にはこの位しかできない……みんな無事で」
檜村さんが不安げに言って僕を見る。頷いて返すと檜村さんが少しほほ笑んだ。
「そういえば斎会君」
「なんだい?」
手にした槍を軽く素振り斎会君に話しかけると、普段と全く変わらない感じで返事してくれた。
「なんていうか……割と何も言わないよね」
この間のゴタゴタでは割と僕ばかり発言している気がする……まあ清里さんの代弁をしてる部分もあるとは思うけど。
斎会君は黙っているというか、成り行きに任せている感じだ。
「そうか。言われてみれば君にばかり責任を負わせてるな」
「いや、そう言う意味じゃなくてね」
別に皮肉とかじゃないんだけど。
斎会君が槍を一振りして立てた。石突きが床にぶつかって赤い光が散る。
「正直言うと俺はそういう駆け引きは苦手でね。でもこうなれば俺がやることは一つ。目の前の敵を叩き潰すだけだよ。
それに戦の場に百の御託は不要さ。立ち合いは単純で公平だ。強い者が勝つ」
そう言って斎会君が拳を突き出してきた。拳をぶつける。
「君と共に戦えて嬉しいよ。俺は必ず勝つ」
「僕もね」
そんな話をしていたら、木次谷さんが僕等の方に来た。
「なんとかあの連中のことを知らなくてはならなくなりました……この件では絶対にあの連中に主導権を握らせるわけにはいかない」
真剣な口調で木次谷さんが言う。
「すべてあとでお話しします。いまはなんとか勝ってください。ご武運を」
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