第195話 幕間 僕が知りたいことは・上

 エルマル視点の幕間です。次章に登場するかも。

 本編は書いてますので、これで間をつないでいただけると幸い。



 僕が生まれたのは名門バートリー家。

 過去に幾人もの流の位階の騎士を輩出した、サンマレア・ヴェルージャ屈指の名家だ。

 父も祖父も竜の位階に到達した。なら当然僕もそうならなくてはならない。父上に、そして祖先に恥じない様に。


 僕が授かったのは岩を操る槌鉾メイスを作り出す能力だった。

 自分の視界の範囲内の岩を操作する能力。岩の壁を作ったり、石礫を飛ばしたり、そんな能力だ。

 

 バートリー家の跡取りたる僕に能力があるのは当然だとしても

 ……なんというか少しパッとしないと思った。


 父上の能力は切った敵を焼き尽くす焔を纏った大剣だ。すさまじい火力を誇り、ちょっとした魔獣なら一太刀浴びせるだけで倒すことが出来る。

 それに比べると見劣りする気がした。


 しかしよく考えれば竜の位階に上がれば一人で戦うだけでは済まない

 下位の者たちをかばったり、戦えない平民を守るときもあるだろう。攻守に使える能力は先のことを考えれば悪くは無い。



 騎士団に加入して正式に叙勲を受けるための訓練に明け暮れていたある日。

 山羊の仮面を得るのが視野に入ってきた12歳の時に、宿舎に一人の女がやってきた。


「新入りか?」

「はい……バートリー卿……エルマル様。ペトラといいます。ロフェク村の出身です」 


 その女……ペトラが言った。

 こげ茶の長い髪を後ろで束ねていて、痩せた感じで小さく見えるが僕と同じくらいの年だろうか。


 服装は農家の娘が着るようなごわごわしたワンピースと白いエプロンだ。

 みすぼらしい格好だが……洗濯はきちんとされていて、精一杯身なりを整えてきたことはわかった。


「彼女には魔法の素質があります。優れた素質がある。すぐに梟の仮面を得ることでしょう」


 彼女を連れてきた従士が言う。魔法使いか。

 魔法を使えるものは珍しくないし僕も少しは魔法が使えるが、梟の位階になれるほどじゃない。

 魔法使いとして梟の位階になれるものは騎士よりはるかに少ない、一部の才能に恵まれた特別な者だ。


「それは素晴らしいな。神の祝福を得ているわけだ」

「ありがとうございます、エルマル様」


 ペトラがぼそぼそと小さな声で言う。


「様をつけるな。お前が梟の仮面を得れば僕と同等だ……いや、素質をもち王陛下に仕える者としては既に同等だ。

年も同じくらいだしな。いいか。僕のことはエルマルと呼べ。僕もお前をペトラと呼ぶからな」

「はい……エルマル様」


 ペトラがまたうつむいたままで答える。

 僕の言うことが分かってないのか……まあ平民とバートリー家では身分の差があるから仕方ないのか。



 その後、ペトラが魔法を使うところを見た。

 長いというほどでもない詠唱なのに、草原の一角を火球が焼き尽くした。


 緑の草原に丸く黒い焦げ跡が出来ていて、中央に置いた薪の山は原型をとどめていないくらいに焼き尽くされている

 周りで見ていた騎士団や魔法使いが感嘆の声を上げた。

 

「素晴らしい資質だな」

「見事だ。成長したらどれほどの魔法使いになるかな」

「訓練を積み、早く戦えるようにならないといけないぞ。天与の資質だ。」

「あ……はい、頑張ります」


 皆が賞賛するが……ペトラが普段通りに俯いて小さな声で答えるだけだった。


 優れた魔法使いは貴重だ。

 魔獣と戦うにせよ、あの無法な獣どもと戦うにせよ、最近現れた蟲どもと戦うにせよ、遠くから強い威力を叩きつけられる魔法は強力な戦力となる。


 その後、僕が山羊の仮面を得てすぐに、ペトラも梟の仮面を得た。

 

「やるじゃないか。流石だな。お前ならすぐに梟の位階の上位に行けるぞ。僕も負けてられないな」


 僕にとっては山羊の位階なんてものは通過点に過ぎない。

 さっさと鷹の位階、そして父上とおなじように龍の位階に進まなくてはならない。

 まあ僕ならばすぐなのは間違いないが。


 誉めてやったのに、ペトラは物憂げな顔をしただけだった。

 あれほどの魔力をもっているということは神に愛されている。


 望んでもあんな力を得られない者の方が多いのに……あいつはいつも笑おうとしない。

 喜ぶどころか何処かつらそうに感じる。


 何が不満なんだ。全く訳が分からない

 梟の位階の上位に行けば、王都に屋敷が与えられ王に謁見することも出来る。


 それに強力な魔法使いは英雄だ。

 今の梟の位階の1位、宮廷魔導士であるガスパル卿は……騎士としては少し腹立たしいことだが……竜の位階の1位の騎士団長ヨーゼヴ卿よりも民の人気がある。


 まだ駆け出しの魔法使いなのにあれだけの力を持っているのは異例らしい。

 あいつだってそうなれるかもしれないのに、輝かしい未来をなぜ信じないんだろうか。



 その日の任務は単純なはずだった。

 ソルヴェリアの連中がまた小部隊を率いて国境にきているらしい。


 まったく厚かましい連中だ。

 だが、放置しておくと家に沸く蟲の様に増えていくし、こっちも舐められる。

 面倒だがその都度叩き潰しておかないといけない。


 山羊1位である僕と12位の騎士ルーク、梟の18位であるペトラ。

 それに一般兵40人。これくらいなら十分だろう

 

「僕はこっちを見まわる。兵5人はペトラにつけ。ルーク、お前は残りの兵を連れて向こうを見まわれ。何かあったら角笛を鳴らして連絡しろ」

「承りました、エルマル様、それにペトラ様。しかし少なすぎませんか?」

「僕とペトラなら大丈夫だ。そうだろ。それに僕は一人でいいからね」


 周りに一般兵がいると岩の攻撃に巻き込みかねない。

 僕の能力は攻防兼備だ。一人の方がやりやすい。ルークが頷いて兵を率いて行った。


「そう言えばペトラ、お前はあのソルヴェリアの連中とやるのは初めてか?」

「はい、エルマル。魔獣とは何度も戦ったんですけど」


「厚かましく僕らの領土に入ってきて隙あらばかすめ取ろうとする泥棒みたいな連中だ。ただ獣とはいえ一応人だ。魔獣よりは知恵が回るからな、油断はするな」

「……はい」


 しばらく馬を走らせて丘をめぐっていたが何もいない。

 だが、遠くから丘の向こうから声が聞こえた。



「ちっ」


 声の方を見る。ペトラたちが見回っていた方向だ

 こっちに来てくれれば楽だったうえに手柄も立てれたっていうのに。


 丘を越えて馬を走らせると、ペトラが草原に立っているのが見えた。

 周りの兵は矢を受けて倒されている……やってくれたな、ソヴェンスキの獣共め。


 ペトラから50歩ほど向こうには品のない派手な黄色の旗と鎧の集団が見えた。

 何か声が聞こえてあいつらがペトラの方に突進する。

 

 バカな連中だ……逃げればいいのにな。所詮は魔法の力を解さない獣だ。

 あの距離ならペトラの魔法の方が早い。半分も距離を詰めないうちにペトラの魔法があいつらを焼き払うだろう。


 残りは僕が殲滅してやる。一人も生かしては帰さない。

 横合いに回り込むように馬を走らせる。

 そろそろ魔法が発動してもいい頃だが……しかし何の気配もない。魔法が発動する時特有の魔素の波立つような感覚もない。


 ペトラが印を組んでいるのは分かった。

 もうとっくに詠唱は終わっているはずだ。


「何をやってるんだ!」 

 

 敵がペトラに迫ってくる。

 先頭に立った黄色と黒の鎧をまとった奴が槍を投げた。放物線を描いて飛ぶ槍が妙にゆっくりに見える。


 なぜ魔法を撃たない。

 まるで金縛りの魔法を受けたのように棒立ちだ。


「クソが!岩よ!あいつを守れ!」


 槌鉾メイスを振ると地面が揺れた。地響きを立てて緑の地面を突き破って石の壁が立ち上がる。

 その岩の壁の頂点をすり抜けるように飛んだ槍がペトラを貫いた。


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