第164話 命の使いみち

 今日は昼更新。

 セス視点の幕間です。



「ジェラール・グランヴェルウッド。

彼は貴族として、騎士としての義務を果たし、倒れた。彼の魂に安らぎがあらんことを」


 英国イングランド聖堂騎士テンプルナイトの騎士団長、アッシャーヴェナム卿が厳かに……というよりわざとらしいほど感情的に言う。

 そして弟、ジェラールの棺に蓋がされて、あいつの顔が見えなくなった。


 その時に感じたのは、もう会えない悲しみでもなく、貴族として名誉ある死を選んだ弟への誇らしさでもなく、ただ、後悔だけだった。


 あいつは誇り高く、志高く、そして強くは無かった。

 なぜ、もっと強く止めなかったのか。たとえ憎まれても恨まれても止めるべきだった。

 他にも生き方はあったはずなのに……生きてさえいれば。



 我がグランヴェルウッド家は代々騎士の家系であり、かつては騎士を、近代では軍人を数多く輩出してきた。 

 2代前の祖父が事業に失敗し、その後はフィッツロイ家の支援を受けて存続している状態だが。


 父は優秀な軍人であったが、怪我を負って退役した。その後は家業に専念したが、家を建て直すことは出来なかった。

 かくいう俺自身も商売を上手くやれる気はしない。我が家はどうも商才は無いらしい。


 寄宿学校パブリックスクールに入って軍人への道を志していた4年前、ダンジョンがこの世界に表れた。

 世界の全ての場所と同じように欧州にも同じような混乱が起き、俺と弟、ジェラールに闇の眷属ジナスと戦う力が宿っていることも分かった。

 あの時の嬉しそうなジェラールの言葉は忘れられない。


「兄さん、俺たちにも力があるんだ。

これで騎士として戦うことが出来る。軍人も悪くはないが、これこそ我が家の本懐だ、そうだろ?」


 当時、欧州全域がダンジョンの存在で混乱していた。

 ダンジョンで戦う能力を持つものは戦わなければならない。それは貴族の義務でもあった。傍観は許されない。

 どちらが聖堂騎士テンプルナイト……当時はそんな名前も無かったが……に志願するか話し合った時、ジェラールが名乗り出た。


「兄さんは長男。グランヴェルウッド家の後継ぎだ。

家長の名誉は兄さんのもの、騎士として戦う名誉は俺のものにさせてもらうよ」


 ジェラールが強い口調で言った。

 だがお前の力は俺に比べると弱いだろう、とは言えなかった。言ってどうなるというのだ。

 決意を固めた勇敢な弟にそんなことを言えただろうか。


 ジェラールの能力はいわゆる魔法剣士的な能力。

 万能型と言えば聞こえはいいが、攻守ともに中途半端というのが客観的な評価だった。

 グランヴェルウッド家の者でなければ恐らく世俗騎士サーキュラナイトどまりだった。 


 フィッツロイはジェラールの後見という名目で聖堂騎士テンプルナイトに収まった。

 先祖から有り余るほどの金を受け継いだあいつが求めるものは、貴族としての名誉、戦うものへの敬意、そんなものだろう。

 

 そして志願して半年ほどして、ジェラールはロンドンで死んだ。

 市民を守るために勇敢に、そして無謀にもダンジョンマスターに対峙して。


 その通知を受けたのは2021年12月11日。

 凍えるほどに寒い、雪が降っていた日だったことを覚えている。

 俺の能力があいつのものであれば。あいつが長男であれば、なんの問題も無かったのに。



 ジェラールの戦死を受けて寄宿学校に通いながら聖堂騎士テンプルナイトとしても戦うようになった。

 俺の能力、鎧人形‘‘フラウリンガム‘‘は思った以上に強力で、すぐに英国の聖堂騎士団テンプルナイトでも出世が出来た。


「騎士たちよ、誇りを持ち戦いなさい。

気高き騎士の心根は誰にでも持つことが出来る。その心根こそが最大の武器となるのです」

 

 アッシャーヴェナム団長は口癖のようにそれを言う。

 聞くたびになんともいえない嫌な気分になった。

 

 騎士道精神だと?

 精神論で勝てれば苦労はない。必要なのは強さだ。

 強くなろうとする志は気高い。それを貶める気は無い。

 だが、実戦に出る騎士団は優れた能力を持つ精鋭であるべきだ。騎士道精神など二の次ではないのか。


 そもそもあなたほどの能力があれば精神論など不要だろう。

 それが分からないのか。それとも分かったうえで奇麗ごとを言っているのか。


 こんなものは弱い者に命をかけさせ、無駄な死を強いる方便だ。

 弱い者が命がけで戦っても戦果が上がらないならかけるだけ無駄ではないか。


 気高い心を持つ死者の名を語り継ぐことより大事なことがあるだろうが。

 死んでしまえば何の意味もない。 


 だが現実は、誇り高きもの、野心を持つもの、志高きものから先に死ぬ。

 それを止めなくてはならない。二度と弟のような者を出さないために。

 

 だが、今俺がそう言ったとしても誰も聞きはしない。

 高き地位にあってこそ、自分の言葉は強く響き、人を従わせることができる。


 強くなり権威を身につけ、聖堂騎士テンプルナイトの頂点に立つのだ。

 無益な死者を出さないために。かつての騎士団のような強き者の集団を作る。


 我が家を建て直すためにフィッツロイも利用する。無能なクズだが権威は利用できる。

 今は本心を隠しても忠実に仕えるのがいい、そうするのが合理的だ……そう思っていた。



「一緒に来てほしい」

 

 片岡が言った時、色々な考えが頭をよぎった。

 戦況は良くない。ダンジョンマスターが施設の外にいる。そして、ここにいるものは決して序列ランクが高いものではない。

 民を守るべき騎士の義務を果たすべきか、それとも。


「分かっているな、グランヴェルウッド。我らが手を貸す必要はない。これは命令だぞ」


 フィッツロイが念を押すように言った。


「相手に従わぬこと、そして相手を従わせるのが我らの権力だ」


 フィッツロイが笑う。

 確かにそれも権力だろう……だがそれは誇りある貴族に相応しい使い方なのだろうか。

 

 片岡が黙り込んだ。

 ……フィッツロイに従うのが合理的だ。ここで片岡を助け、フィッツロイの不興を買うのは賢くはない。


 だがカタリーナとパトリスは片岡と行こうとしている。

 俺はただそれを見ている。このままいかせれば、こいつらのうちの何人かは死ぬかもしれない。

 今の俺の姿を誇れるのか。父に……何より弟に。


 正しい集団を、恥ずべき手段で作ることはできない。

 自分の目的は正しいと信じている。正しいと信じる目標のためには正しい道を行くべきだ。


 誤った道を行って正しい目的にはたどり着けない。

 フィッツロイに背いて結果的に回り道をすることになった気がするが、悔いはない。



 あのヨヨギでの戦いが終わった後、改めてよく考えている。

 こいつが戦場に出たら確実に死ぬと思うとき、止めるべきかどうか。


 一度だけ、聖堂騎士団テンプルナイトに加入する前にジェラールを止めたことがある。


「兄さん、気遣いは嬉しいよ。でも戦うのが我が家の生き方だ。

それに、俺が戦いに出ずにいたせいで誰かが死んだら、きっと俺は自分を許せないだろう」

 

 ジェラールはそう言った。


「だけど心配してくれてありがとう。兄さん。

大丈夫さ、グランヴェルウッド家の名を上げてきっと戻るよ。じゃあ、クリスマスにまた」


 それがあいつと会った最後だ。


 命は大事にすべきだ。

 名誉の戦死を遂げたという言葉が遺された者にとって何の慰めになるというのか


 弱い者は戦場に出るべきではない。

 命を懸けても無駄死にならその死に価値はない。それなら死ぬべきではない。

 その気持ちに揺るぎはない。


 ……あの時、ジェラールを止めなかったことは後悔ばかりだ。

 だが今は少しわからなくなってきている。


 あの時カタリーナは行くべきではないと思った。あいつは弾が切れたら不慣れな接近戦を強いられる。

 それでもあいつは戦っただろう。聖堂騎士テンプルナイトへの昇格を望むあいつは弾が切れたからと言って後ろに下がるタイプではない。

 死ぬ確率は高かった。そんなことは本人も分かっていただろう。


 今回は無事に戻れた。だがそれは結果論に過ぎない。

 止めるべきだったのか。

 だが、止めて生き延びたとしてあいつらはそれで喜ぶのか。それとも意志など関係なくなんとしても止めるべきなのか。


 ジェラールは最後の時に何を思ったんだろう。

 後悔か……それともほかに何かなのか。


 ……片岡はどう思うだろうか。次に会った時に聞いてみたい



 これで本章は終わりです。プロット考えるので少しお待ちください。

 最近はシビアなバトル展開ばかりなので、次はもう少し緩い日常エピソードにしたい(願望

 

 感想、☆などで応援してもらえると次への励みとなります。よろしくお願いします。

 コミカライズ原作も含めて他にもいろいろ描いてますので、本作がお気に召したならそちらも読んでいただけると嬉しいです。


 本章中でやったキャラ募集は今後も緩く続けようと思ってます。

 自分のイメージしたキャラを本作中に登場させたい、と言う方は感想欄あたりに書き込んでください。

 全部に応えられるとは限りませんが、そこは悪しからず。 


 あと、活報でサポーターさん向けに書いた令和ダンジョンのキャラ設定を半年経過したものから公開していこうと思います。

 一件目は風鞍結と高天神祐介の二位コンビ、二件目は乙類1位、宗片一刀斎です。

 

 

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