第162話 帰郷の日の出来事・上

 赤く光る四角い新宿ダンジョンの廊下の向こうに巨大なルービックキューブのような敵、ルーンキューブが浮いている。

 あの倉庫街で戦った時を思い出す敵だ。キューブ8つの組み合わせであの時の奴よりはかなり小さいけど。


 臨戦態勢に入ったようにキューブがばらけて空中に浮かぶ。

 キューブの一つの周りに雷撃が浮かんでトゥリイの方に向かって飛ぶけど、トゥリイさんが詠唱をしながら軽やかにそれを避けた。


「【方位角庚・八卦艮漆・天冽太衝・唵響万里・算命教我・好运来了!!】」


 トゥリイさんが淀みなく詠唱を終ると同時に、硬質な四角形の廊下に空気を震わす衝撃が走った。

 タイル張りのような壁が波打つように割れていって、衝撃波のようなものが廊下に浮いているキューブをバラバラに砕く。


 衝撃波がそのまま廊下の奥に居た赤く光る球体のコアまで吹き飛ばした。

 ライフコアが床に転がって敵の気配が消える。通路に静けさが戻った。


「如何でしょう、老子せんせい

 

 トゥリイさんがこっちを見て自慢げに笑う。

 攻撃をよけながら詠唱できるとは。


「ああ……いいとおもうよ、うん」

「なんか、随分変わったね……というか別人に入れ替わった?」


 今日もついて来てくれていた宗片さんが感心したように言う。

 あの代々木の戦いの後の初めての実戦だけど……トゥリイさんの変貌ぶりはスゴイな。



 あの色々あった慰労会の後からまた数日たった日曜日にまた呼び出しがかかった。

 どうやら今日がシューフェン達が来るらしい。

 そのままトゥリィさんがソルヴェリアに帰るかもしれないということで、会いに来た。


 そして、シューフェンに会う前に最後の腕試し、ということで新宿ダンジョンで少し戦ったんだけど、トゥリイさんの戦い方は見事と言うしかなかった。

 自信が人を変える……というか、これは師匠がよく行ってることだけど、技を操るのは人の心だというのを実感する。


 というか、こんなに変わるものとは思わなかった。

 最初の不安げでオドオドした姿は全くないな。


 あと……セスにフラれたのもあまり引き摺っていないのは良かった。

 あの後、なぜセスだったのか聞いてみたけど、大柄な体格の金髪というのが、ソルヴェリアの王族である獅子系の士族に似ていたから、なんだそうだ。


 そして、あのあと木次谷さんにかなり怒られたらしい。

 まあ、あの時、下手すればあの会場全部に正体がバレかねなかったから、怒るのも仕方ない気はする。

 

 そんな経緯もあって流石にこっちでの婿探しは諦めたっぽい。

 現実的に考えても、こっちの人を連れて行くのは無理だろう。


 まだトゥリイさんのこと、というかダンジョンの向こうの住人のことを知っている人は少ないわけで。

 ソルヴェリアやサンマレア・ヴェルージャのことは流石に今世間に知られるには大きすぎる話だとは思う。



 その後少し戦って新宿の魔討士協会本部に移動した。

 前と同じように広めに会議室に通されると、すでにシューフェンと木次谷さん達魔討士協会の職員の人が待っていた。


 シューフェンは今日も中華風の緑の地に銀色の狼の刺繍が入った立派な衣装を身を包んでいる。

 後ろには獣耳が生えた男の人が付き従っていた。同じような衣装だけど、ちょっと簡素で刺繍も控えめだからお付きの人とかかな。


「久しいな、カタオカ、それにヒノキムラ。先の戦いで后種フョンシューを4体打倒したと聞いた。素晴らしい戦果だ」


 シューフェンが言う。


「そして、改めてその戦にて斃れたものに哀悼を捧げさせてもらう」 


 シューフェンとお付きの人が木次谷さん向かって祈るように額に手を当てて礼をした。

 ソルヴェリアの黙祷とかっぽい。


「それで、トゥリィの成長はどうであろうか?」

「私の目から見てももはや此方でやることは無いように思います。あの知恵を持つ蟲も倒しました」


 檜村さんが答えると、シューフェンが満足そうに頷いた。


「素晴らしいな。良き経験を積んだようだ。お前らを頼ったのは正解だった」


 シューフェンが言って、後ろのお付きの人っぽい人に目をやった。

 その人が一礼して静かに前に進み出て来る。


 男の僕の目から見てもなんとも格好いい、中性的なシューフェンとは違う、目じりが鋭くて顔立ちがはっきりした感じの男性的な美男子だ。

 多分シューフェンより少し年上っぽいな。


 身長もシューフェンより高くて体も一回り大きく見える。

 しかし……レイフォンもそうだったけど、狼士族とやらはイケメン揃いなのだろうか。


 長い黒髪からはシューフェンと違って黒い毛の混じった灰色の獣耳が飛び出している。

 灰色の衣装にはシューフェンと揃いの狼の模様が入っていて腰には鈎爪のように先端が曲がった変わった形の剣を吊るしていた。


「この人は?」

「この者は我が白狼左衛では屈指の剣士の一人だ。名はフォルレアと言う」


 シューフェンが答える。

 そのフォルレアさんが僕等に一礼して、フォルレアさんがトゥリィさんの方を向いた。


「トゥリィがしかるべき戦果を上げたらばと思ったが、十分なようだな。伴った甲斐があったか。ではフォルレア、挨拶せよ」

「トゥリイ様、お初にお目にかかります。私はフォルレア。狼士族の内、灰狼門の出で、今はシューフェン様の旗下で白狼左衛の火帥を務めております」


 フォルレアさんがトゥリィさんの前に進み出て頭を下げた。


「はい……初めまして。お目にかかれて光栄です」

「トゥリィ様、もし私が貴方のお目に適うならば、ぜひ私をあなたの婿として迎えていただきたい」




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