第140話 その日の始まり・下
137~138話のセスティアンとの戦いのシーンに手を入れて展開を変えました。
読まなくても話は通じますが、よかったら読んでみてください
◆
途中のカフェや色んなお店に寄り道したそうなトゥリイさんを連れて代々木まで歩いた。
結構遠かったな。
訓練施設は今日も賑わっていた。
まだ10時ごろなのに外の広々とした芝生のエリアではランニングしたりキャッチボールしたり人の姿が沢山見える。
まだ10時頃だっているのにトレーニング施設のランニングマシンやウェイト器具は殆どが埋まっていた。
檜村さんは魔討士協会の人と合流するといってトゥリイさんと一緒に行ってしまった。
トゥリイさんは露骨にキョロキョロと周りを見回していて結構目立っている。もう少し抑えてほしい所だな。
「やあ、片岡君」
水を飲んでいたら声を掛けた来たのはパトリスとカタリーナだった。
後ろにはセスティアンもいるけど、今日は無表情モードだ。学校ではもう少し表情が柔らかいんだけど。
三人とも黒いトレーニングウエアのようなものを着ている。胸には銀色の十字架と剣と文字をモチーフにした紋章が縫われている。
聖堂騎士団の紋章だろうか。
「今日はどうしたの?」
「滞在中も訓練は必要だからね。許可は得てる」
パトリスが答えてくれる。
あれだけ騒ぎを起こして置いて平気な顔でまた来るのはいい度胸だな、とは思うけど。
外国人のセスティアンたちは目立っている。特にセスティアンは体格の良さもあって目を引くな。
あの嫌なフィッツロイの姿は見えない。
「あ、カタリーナちゃん、それにパトリス君、久しぶり」
後ろから突然聞きなれた声がした。カタリーナがにっこり笑って手を振る。
「エマ、それにアカネ。久しぶり」
後ろを振り向くと絵麻と朱音がいた。
絵麻が嬉しそうにカタリーナに駆け寄ってくる。
「なんでここに来てるのさ?」
「兄さん、あたしたちだって魔討士なんだよ……来てもいいでしょ」
「カタリーナちゃんが今日来てるって言うからさ、会いに来たの」
朱音と絵麻が答えてくれる。どうやら待ち合わせしていたらしい。
「今日もカワイイわね、エマ、アカネ」
「そんなことないって」
絵麻がまんざらでもないって感じで言った。今日は絵麻も朱音も気合入れた感じで着飾っている。
カタリーナは可愛いし年上から褒められると嬉しいのかもな。
しかし、年上相手なのに相変わらず絵麻も朱音も遠慮がない。カタリーナは気にして無さそうだからいいのか。
朱音も絵麻も一応カタリーナとパトリスが能力持ちなのは知っているはずだけど、その辺もあまり気にして無いらしい。
「で、こっちの格好いいお兄さんはカタリーナちゃんの知り合いなの?」
絵麻が言う。
セスティアンが仮面のような無表情のままで絵麻と朱音を見下ろした。
「えっと……あー、馴れ馴れしすぎた?ごめんなさい?」
「おい、お前たち。何をしている」
甲高い声が絵麻の言葉を遮った。
声の方を向く間でもない……フィッツロイか。
◆
楽し気な空気が一瞬で消えた。
フィッツロイがズカズカと近づいてくる。今日は茶色のスーツにベスト姿だけど、前の部分がきつそうだ。
手には前と同じような細い棒というか鞭が握られている。
「無礼な娘め、我々を誰だと思っている?
それに、グランヴェルウッド、お前も気安くするな。身分の差を考えろ」
そう言ってフィッツロイが威嚇するように手にした細い鞭を音を立てて振った。
絵麻と朱音が怯えたように体を寄せ合う。
「おい……止めろ」
そういうとフィッツロイが鞭を手にしたまま止まった。
「平民風情が礼を知らんようだな。グランヴェルウッドを倒した程度で私たちの上に立ったつもりか?」
「そんなつもりはない」
セスティアンにはこの間の試合では勝てた。
でも別にあれで上だの下だの言う気は無い。というか、そんな単純に決まるもんじゃない。
フィッツロイが勝ち誇ったように薄笑いを浮かべた。
しかし、自分では戦わないくせにどこまでも偉そうなやつだな。
「いいかね、君やこいつは剣を振り回す事しか能がないかもしれない。だが我々は書を読み文化を嗜み、真実を見分ける目を持っているのだ。
人には二種類あるのだ。羊とその羊を導くものだ。私は羊飼い、君達は羊だ。弁えたまえ、分かったかね?」
キンキンと甲高い声で言って、またフィッツロイがわざとらしく鞭で掌を叩いた。
ピシッと軽い音がするけど。
「日本には弱い犬こそよく吠えるって言葉があるんだけど、知ってるか?……本当に偉いんならあんまりキャンキャン吠えるな、小物っぽく見えるぞ」
フィッツロイの顔が真っ赤になった。少しは痛い所に刺さったらしい。
「犬だと……貴様、そもそも本来ならお前ごときが私と口をきくことなど」
「フィッツロイ卿」
パトリスがフィッツロイに何か囁く。
いつの間にか周囲の視線が集中していた。まああれだけ大声で騒げば当然だろうけど。フィッツロイが周りを見回して舌打ちする。
フィッツロイがくるりと踵を返して人込みをかき分けるように歩き去って行った。
セスティアンがそれに従う様について行く。
魔討士相手ならともかくとして、流石に普通の人たちの前でこれ以上の騒ぎは起こしたくなかったっぽいな。
パトリスとカタリーナがごめんねって感じの仕草をして離れていった。
「あれ……なんなの?」
「まあ、色々あるみたいだよ」
絵麻が首を傾げて聞いてくる。
しかしフィッツロイのオッサンはともかくとして、セスティアンはフィッツロイといる時だけあんな感じになるんだろうか。
何か弱みでも握られているんだろうか、というくらいに学校と態度が違うな。
「で、このあとはどうするんだ?」
「カタリーナちゃんにも会えたし……どこかで買い物でもして行こうか?」
「そうだね……渋谷でも行く?」
朱音と絵麻が楽しそうに言う。
「そういえばアニキ、檜村さんは今日は一緒じゃないの?」
「いや、一緒だよ」
「いつも一緒でいいよね」
「ねー」
朱音と絵麻が冷やかすように顔を見合わせて笑った。やれやれ。
「じゃあね、アニキ」
「檜村さんによろしく」
そういえばトゥリイさんはどうなったんだろう。流石に一般人だらけの一階にはいないだろう。
多分二階の瞑想室か、魔法使いの訓練エリアかな。
とりあえず檜村さんと合流しよう。
二階に上がって道場に入る。スペースは半分くらいが埋まっていて、畳の上では試合をする人や型稽古をする人が思い思いに体を動かしていた。
師匠はいるだろうか。道場を見回したところで、ポケットの中のスマホが震えた。
◆
[警告!ダンジョン出現!ダンジョン出現!]
[最寄りの『境界』へ直ちに避難してください、繰り返します、最寄りの……]
[……資格保持者は戦闘準備を……]
スマホがダンジョン発生の警告を鳴らした。
魔討士の分の警告メッセージと、魔討士以外に境界に逃げることを促すメッセージが木霊のように鳴り響く。
近いのかと思ったけど……広々とした道場の壁と畳を一瞬で赤い光が包んだ。
ここに野良ダンジョンが出たのか。赤い光が岩肌を思わせる凸凹を描いている。八王子系か奥多摩系だ。
スマホを見て状況を確認する。
僕を中心にした地図は全域がダンジョンの領域になっていた。
広げてみるけど……訓練施設内だけじゃない、施設そのものを取り囲むように複数のダンジョンの発生の表示が出ていた。
今まで見た野良ダンジョンの中では一番広い。
中にはまだ沢山の戦えない人がいる。普通なら境界まで走ればいいだけなんだけど、これじゃ境界まで出るのも大変だ。
「来い、鎮定」
風が渦を巻くようにして鎮定が空中から現れる。
この代々木の施設は一階は一般開放されていて魔討士と共用、それと隣には芝生のグラウンドがある。
二階は魔討士専用の施設で道場とか瞑想施設。
屋上はテラスになっていてランニングコースとかカフェがあるはずだ。
「どうする?」
「まずは……退路の確保だろ。皆を逃がさないと」
「誰が一番ランク上?」
「あたしは7位だけど?」
周りの魔討士達がそれぞれ武器を構えて言葉を交わす。
ここは魔討士の訓練施設だ。戦える人の数は十分にいる。野良ダンジョンのように少数で戦う必要はないのは救いだな。
ダンジョンマスターはまだ現れていないのか。
もう一度スマホを見た時、画面が真っ赤に染まった。同時に耳を刺すような警告音が響く。
[第一種警告!第一種警告!]
「なんだこれ!」
「ああもう!うるさい!」
みんなの文句の声にかぶさるように警告メッセージが流れる。
[きわめて強力な個体の接近を確認しました。7位以下の交戦を禁止します。速やかに退避してください。6位以上の魔討士も……]
警告を聞いて皆が固まった。
この警告音は……あの学校でアラクネが出てきたときと同じだ。6位以上なんてそんなに多くはいない。
それより……あの知性を持つ蟲がいるのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます