第118話 7日目・宮城野ダンジョン突入・下

 バスで宮城野ダンジョンの入り口まで来た。

 もう人だかりができていて、やかましい抗議の声が聞こえてくる。あの北林の取り巻き連中だろう。


「我々に疚しいことはありません。堂々としてください」


 伊達さんが胸を張って車を出る。


「高校生を無理やり戦わせている責任を取れ!」

「説明責任を果たせ!」

「頑張って!」

「応援してるからね!」


 一際野次のような声が大きくなるけど、応援の声も聞こえてきた。

 こういう時だからこそ応援の声っていうのは嬉しく感じる。そっちの方を向いて手を振っておいた。


◆ 


 4階層に降りた。

 本当は一度は5階まで先導してもらって、という予行練習をするはずだったけど、それどころじゃなくなってしまった。ぶっつけ本番か

 そして、失敗は許されない。 


「下がってろ、片岡。いいか、お前らは絶対に手を出すなよ」


 国分さんが言って、国分さんと並ぶように3人が前に出た。


「お前たちを無傷でダンジョンマスターまで連れて行くのが俺達の仕事だ。

俺たちがお前らの道を開く。いいか、信用しろ」

「お願いします」


 そう言うと、国分さんが頷いた。

 

「行くぞ、おらァ!」

「おう!」


 前衛三人と魔法使いの4人編成のサポートチームが前に進み出る。

 ダンジョンの奥からいい加減見慣れたゴーレムが足音を立てて現れた。

 泥じゃない、硬そうな石のゴーレム。


「梁川!魔法で牽制してくれ。崩れたところを切り込む!」


 国分さんが言って後ろに控えた梁川さん……魔法使いが詠唱に入る。

 空中に火球が浮かんで次々とゴーレムにぶち当たった。ゴーレムがよろめく。


「行くぜ!」


 国分さんが突っ込んだ。タイミングを変えて他の二人が的を散らすように切り込む。

 ゴーレムが振り回す腕をかいくぐってそれぞれの武器でゴーレムを捉えた。

 硬いものがぶつかり合う音がダンジョンに反響する。


 ストーンゴーレムはクレイゴーレムのように攻撃を当てても泥のように再生したりはしない。

 でも硬い分攻撃が通りにくいし、拳の威力も高い。


 ゴーレムの拳が国分さんと戦槌とぶつかった。

 国分さんの大柄な体が軽々と浮いて地面に転がる。


「大丈夫か!」

「クソが!痛ぇな!」


 国分さんが立ち上がってまたゴーレムに向かって突っ込む。

 手を出したいけど……今は出してはいけない。

 横にいる四宮さんは表情を変えていないけど、息を詰めて見守っているのが分かった。


「食らえ!このデカブツ!」


 横に回り込んだ国分さんが戦槌をフルスイングする。戦槌がゴーレムの足をへし折った。

 よろめいたところを他の2人の武器がゴーレムの頭を打ち砕く。

 周りから安堵のため息が漏れた。


 ……その後も、2組のサポートチームが入れ替わるようにして、ゴーレムたちを薙ぎ倒していった。

 魔力の温存とかは考えてないんだろう。

 魔法が次々と飛んで、行く手を塞ぐクレイゴーレムや泥で形成された手のようなモンスターを蹴散らしていく。


 4階層を抜けてそのまま5階層に突入した。

 いくつもの分岐があるけど、迷いなく道を選んでサポートチームの人たちが道を切り開いてくれる。

 30分ほどで5階層を抜けて6階層への階段の間にたどり着いた



「6階層はダンジョンマスターの間があるだけです」

「俺たちの仕事はここまでだ。頼むぜ、四宮のオッサン、漆師葉、出水、それに片岡」


 全員疲れた顔で、前衛はあちこちに傷がある。

 

「あたしたちに任せなさい」

「必ず」


「俺たちは此処で退路を確保する。早く片付けてきてくれよ。俺たちが大変だからな」


 国分さんが言って拳を突き出してくる。拳をぶつけ返した。

 いかつい顔に笑みが浮かぶ。


「任せてください」

「頼むぜ!」

「皆さん、全員無事で戻って下さい」 


 伊達さんや国分さんに見送られて6階層への階段を下りた。



 6階層は一本道で奥には大きな扉が見えた。

 壁を覆う赤い光越しに、人の顔のレリーフのようなものが彫刻されているように見える。ヒビのような細い筋が表面に走っていて、崩れそうだ。


 宗方さん達と行った、八王子ダンジョンの10階層に似ているな。

 やっぱり同じ系列なんだろう。


「分かっていると思うが、ここのダンジョンマスターはクレイゴーレムだ。

デカいからかなり面倒だ。恐らく長期戦になるぞ」

「僕と四宮さんで防御、出水さんと漆師葉さんで攻撃、これでいいですよね」


 四宮さんが頷く


「このあたしに任せなさい」

「頑張ります」


 出水さんが緊張した感じで言う。多分この人もダンジョンマスターとの戦闘はあまり経験が無いんだろう。

 漆師葉さんは完全に普段通りに戻った。精神的に動揺されたままじゃ困るから良かった。


「あと、四宮さん」

「なんだい?」


「場合によっては僕等も攻めに出るのも大事です。受けるだけじゃ押し込まれます。

攻撃に参加して敵を下がらせれば、結果的には後ろを守ることになる」

「そうだな……その通りだ、さすがだね」


 まあこれは宗方さんの受け売りなんだけど。

 あと10メートルほどで扉ってところで、先頭を行く四宮さんが足を止めた。


「なにかおかしい」

「何がです?」

「前に来たときと違う気がする」


 四宮さんが呟いて周りを見る。

 重苦しい雰囲気はいつものダンジョンと同じだけど、確かに何か違和感を感じる。

 なんとなく前に感じたことがある感覚。二つの空気が混ざり合うような違和感。


 これは……八王子で感じたのと似ている。

 ダンジョンの向こうの世界と接続されてエルマルたちが現れた時と近い。

 ただ、感じる空気はもっと刺々しい。あの学校で戦った時のような感じだ。


「注意して!」


 言ったその時、何かが砕けるような音がして地面が震えた。



 10メートルほど向こうのドアが吹き飛んで、鼻を突くような嫌な臭いを纏った空気が吹き付けてきた。

 扉の周りの壁に根が張るように黒いヒビが入って、ヒビがこっちまで伸びてくる。。


「何よこれ!」


 口元を抑えて漆師葉さんが言う。同時に扉の向こうから大きな人影が転がり出てきた。

 それを追うように蔦のような触手のようなものが壊れた扉の向こうから飛び出してくる。

 音を立てて扉がはめられた壁が崩れた。

 

 砕けた壁の向こうから5メートル近い、巨大な影が姿を現した。

 クレイゴーレムじゃない。巨大な丸い何かだ。


 ダンジョンの赤い光に照らされてその姿がはっきり見えた。

 丸く見えたのは巨大な球根のような胴体だ。凸凹した丸い胴体には黒い筋がいびつな模様を描いている 

 球根の根元の蔦が足のように蠢いて、巨体がこっちに迫ってきた。

 動くたびに吐き気がするような強烈なにおいが吹き付けてくる。


 球根のあちこちから鞭のような長い蔦や禍々しい赤い花が何本も伸びていた。

 球根の先端からは、芽が出たように絡まり合う蔦で作られたような人の上半身が生えている。

 毒々しい黄色がところどころに飾りのようにへばりついていた。

 こいつは、まさか。


「おい!そこのお前!」


 人影がこっちを振り向いた。

 2メートル近い、筋肉の塊のような巨体に黒々とした髭面。

 着ている赤地に黒で模様が入った服はあちこち破れて血が流れている。


「誰だか知らんが、手を貸せや!」


 巨大な両手持ちの斧で蔦を薙ぎ払いながらそいつが叫ぶ。

 短めの黒髪から黒い獣耳がはえているのが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る