第97話 空を切るためには
横にいつの間にか鎮定が立っていた。
姿は前と同じ着物だけど、前に会った小屋じゃなく普通に横に立っている。
なんで……と思ったけど、魔素が濃い所なら普通に一刀斎と話せる、と宗片さんが言ってた。
今は絵麻が集めた
「風を放つということはすなわち空を断つということ。4代目と5代目、8代目の使い手は出来た」
「そうなの?」
聞き返すと鎮定が頷いた。
「以前言ったはずだ。風を操る素養は今までの使い手の中で君が一番優れている。ならば君に出来ぬ道理はない」
「何ぶつぶつ言ってんの?やる気ある?」
七奈瀬君が聞いてくる。
鎮定の姿は僕しか見えないらしい。
「行くなら早く行って早く失敗するか、死んできなよ」
「いいか。切るときに寸毫の疑念も持ってはならぬ、我が主よ。疑念は切っ先を鈍らせる」
七奈瀬君の言葉を無視するかのように鎮定が言う。
これは師匠にも言われる気がするな。
やると決めたなら、失敗するかもだのとか難しい事考えるな、格好よく成功した姿だけ想像しろ。
「分かってる。ありがとう」
「武運を祈る。片岡殿」
そう言って鎮定の姿が消えた。
周囲を取り囲むキューブが体当たりしようとしたり光弾を放ってくるけど、七瀬君の銀の糸が絡み合って帯のようになってそれを止める。
ただ、止めるだけで援護してくれる気はないらしい。
「檜村さん、一度でいいので周りのを減らせますか?」
「任せてくれ【書架は南・想像の九列。参拾参頁二節……私は口述する】」
大小のキューブが周りを浮遊している。
小さいサイズでもぶつかられたらかなり痛いし邪魔になるのはさっき分かった。
魔素を切るなんて初めてだ。攻撃の一瞬だけでも完全に斬撃に集中したい。
刀を握りなおした横で、カタリーナが
銃が地面に落ちて硬い音を立てる。
腰のホルスターからハンドガンを抜いた。
「……援護してアゲルわ」
カタリーナが映画のように銃のスライドを引いて僕を横目で一瞥する。
「アタシはアイツみたいに騎士道かぶれじゃないからね。勘違いしないでよネ、エマはいい子だからね、それダケよ」
「行くぞ、片岡君【汝を捉える死神の視線を見よ。既に宣告はなされた。覆ることはない。慈悲を持って最期に時を与えよう。ただ祈り望め、安らかなる終焉を】術式解放!」
カタリーナにありがとうを言うより先に、檜村さんの詠唱が終わった。
檜村さんの周りに黒い鎌が浮かぶ。大きく息を吸って絵麻を見た。
空中に浮かんだ鎌が次々と飛ぶ。鎌が誘導弾のようにキューブを追って切り裂いていった。
大半のキューブが消える。
でも、絵麻の目の前の光が強くなった……また追加が来る。
次のキューブが実体化する前に決める。行くぞ。
◆
踏み出したと同時に行く手を遮るように線が伸びて二つのキューブが空中に浮かんだ。
あまりに早い。
刀を振り上げようとしたけど、横から回り込むように飛んだ矢が浮かんだキューブに突き刺さった。
絵麻の前でまた光が集って小さいキューブが浮かび上がるけど。
「止まるな!」
銃声と同時に誰かの声が聞こえた。信じて行くだけだ。
黒い鎌と矢が僕を追い抜いて行ってキューブを切り裂いていく。
あと三歩。此処までこれば次のキューブが出るより僕の方が速い。
薄い光の幕越しに絵麻が見えた。
普段の明るくて感情豊かなのとは全く違う、人形のような何の感情もない絵麻の目が僕を見る。
今助ける。
いつものように風を生むんじゃない。空を断ち切るイメージ。
刀を高く掲げて足を踏みしめる。
「一刀!断風!
刀が何か柔らかい手ごたえがあって目の前が白く光る。
そして視界が暗転した。
◆
不意に首が絞められるように体が後ろに引かれた。思わず声が出て、視界が戻る。
「何シテんの!」
カタリーナの声が後ろから聞こえる。
今の状況が把握できた……一瞬意識が飛んでいたのか。倒れないように脚を踏みしめる。
絵麻が目の前に倒れていた。
さっきのような仮面のような表情じゃなくて、時々ソファで居眠りしてる時の顔と同じだ。
白い光や周りの文様は消えている。うまくいった。
絵麻に手を伸ばそうとしたけど、全力疾走した後のように身体が重い。
手足に重りをつけて動くトレーニングをしたことがあるけどそんな感じだ。鎮定が金棒のように重く感じる。
「早く下がるんだ!」
周りに浮かぶキューブにパトリスの矢が刺さって砕けた。
「ホラ!早く!」
カタリーナがハンドガンを顔の前で構えて引き金を引く。こっちに飛んできたキューブが砕けて落ちた。
倒れたままの絵馬を抱き上げる。
しなやかな体の重みがのしかかってきた……ダイエットさせよう。
飛んでくるキューブをパトリスの矢が次々と射貫く。
カタリーナが僕の背中を守るようにハンドガンを撃ちまくりながら下がってきた。
どうにか七奈瀬君たちの後ろまで下がって絵麻を地面に下ろす。
「なんなんだよ……」
ようやく一息付いた時、七奈瀬君が小さく呟くのが聞こえた。
「なんで、お前だけ……クソッ」
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