第96話 丙類2位とその実体

 赤く光る床に血が広がっていった……死んだ?

 状況に頭がついていかないんだけど。


「何?これで終わり?」


 煙が薄くなって、赤い煙の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 良く見えないけど……背が小さい。子供の様だ。左右に灰色に鈍く光る塊を従えている

 

 絵麻の周りから次々と線が伸びて、その線から空中に新しいキューブが浮かび上がるけど。

 現れる都度、その子の左右の球から針金のようなものが飛んで次々と打ち砕いた。


 散歩でもするようにまっすぐこっちに歩いてきたのは、黒のロングコートを着た男の子だった。

 黒のベレー帽から外にはねるようなラフな長めの黒髪が飛び出している。 


 生意気そうであり大人っぽくもある、涼やかなって感じの目元。瞳がルビーのように赤い。

 細い顎とピンク色の唇。女の子のようにかわいい感じの顔立ちににっこりと笑みを浮かべた。


「ちょっと硬いけど……こんなクソ雑魚相手に何をグダグダしてるのさ。君たち、低ラン?」


 こっちが援護ありがとうと言うより早く、優しそうな顔と穏やかな口調に似合わない辛辣な言葉が出てきた。 


「まあ君らがもたついていたおかげで僕の功績点が増えたから別にいいけどね。無駄足にならなくてよかったよ」


 そう言ってその子が肩をすくめる。 

 さすがに誰かは僕でも分かった。七奈瀬奏ななせそうだ。

 丙類2位だけど、単純な戦闘能力的には丙類1位に匹敵するといわれる、攻撃特化型の最年少魔討士だ。


 ダンジョンが発生してすぐに能力に目覚めた最初期の魔法使い。

 確かまだ12歳くらいだったはずだ。なぜこんなところに?

 

「なぜ殺した?捕らえることも……」


 パトリスが遺体を一瞥して険悪な口調で聞くけど、それを遮るように七奈瀬君がパトリスをにらんだ。


「こいつ敵だろ?なら殺すのが当たり前じゃない。

魔討士の戦闘中に民間人に死者が出ても法的な責任は問われないことくらい最初の研修で習うだろ。馬鹿なの、お前?」


 恐ろしい事を平然と言って、彼がパトリスをじろじろと見た。

 なにやら気づいたらしく意地悪そうな笑みを浮かべる。


「でも、君たち……魔討士じゃないよね、これはおかしいなぁ」


 パトリスが言葉に詰まった。

 七奈瀬君がパトリスを一瞥して檜村さんを見て、考え込むように首を傾げる。


「で、そこにいるのは……ああ、そうだ檜村か。君みたいなクソ遅い魔法使いがまだ活動してたとはね。とっくに死んだか引退したと思ってたよ」


 テレビとか動画だと容姿も相まって愛嬌があるいいアイドル的な男の子って感じだけど、実際に会うと口調が全然違うぞ。


「まあいい。こいつらがなんなのか知らないけど、君たちは引っ込んでいな。

この僕がせっかくわざわざこんなところまで来てやったんだ。功績点稼ぎを邪魔したら殺すよ」


 迫力のある声で七奈瀬君が言ってキューブと絵麻の方を向いた。

 従うように左右の針金というか糸巻きのような球が動く。


 キューブの表面の幾何学模様が攻撃態勢に入るかのように光るけど。

 その前に左右に光る灰色の糸の塊のようなものがほどけた。


 糸が鈍く輝きながらまっすぐ飛ぶ。絵麻に当たるかと思ったけど、糸が絵麻をよけて後ろの巨大なキューブに殺到した。

 キューブの前で盾のように光っていた壁が砕け散る。キューブが光の雨を浴びてひび割れた。


 巨大なキューブが半分ほど砕けて、中の赤いコアのようなものが露出した。

 そのコアのような赤く光る球を灰色の糸が正確に貫く。


 キューブがぐるりと回転してコアをかばうように動いた。

 灰色の糸が一度戻ってきて、また糸巻きのように丸く絡み合う。


 単発の威力もさることながら、手数がすさまじい。何百発もの攻撃を一瞬で集中させている。

 詠唱無しでこれだけの威力が出るのか。


「もう一度で終わりかな。まったく雑魚そのものだね。さっさと死になよ」


 こともなげに七奈瀬君が言うけど。

 絵麻がまた祈るように手を合わせた。空気が吸い寄せられるような感覚があって、絵麻から光の帯が伸びた。

 キューブに白い光が絡みついて、砕けたキューブが瞬く間に修復されていく。


「ふーん。あの女が魔素フロギストンをあのキューブに供給しているっぽいね」


 首を傾げて彼が絵麻を眺める。


「仕方ない、まずはあっちを殺す方が先だな」


 七奈瀬君が何事もないような感じで言った。



「ちょっと待って」


 さっきの感じだと本当にやるだろう。七奈瀬君がうざったそうな顔で僕を見上げた。


「うるさいなぁ、君、僕に指図する気?……君は何位だ?」

「乙類……5位」


「うん、知ってるよ、君の事はテレビで見たからね。僕は2位だ。なら指揮権は僕にある、そうだろ」


 念を押すように言う。わざわざ言わせたのか。


「魔討士の仕事は敵を殺すこと。効率よく敵を無効化するのが一番だろ。邪魔するなら君を殺してからやるけど?」

「僕の妹だ……そんなことはさせない」


 そう言うと薄笑いを浮かべていた彼がわずかに表情を変えた。

 一瞬何とも言えない表情を浮かべて唇を噛んで、不快気な顔で僕を睨む。


「妹ね……で?助けたい、とか言う気かい?」

「当たり前だ」

 

「妹って言っても所詮他人だろ?そんな無駄なことしたいわけ?」


 空中に次々と新しく浮かぶキューブを片手間って感じで砕きながら七奈瀬君がバカにするような感じで言う。

 

「で、どうやって助けるわけ?助けるとか言う以上、すばらしいプランくらいはあるよね」


 七奈瀬君が問い詰めるように言う。

 そんな魔法のような都合のいいプランがあればいいけど……そんなものはない。

 ただ、それを言ったら彼は問答無用で絵麻を打ち殺しかねない。


「あいつはあの妙なディスプレイみたいなので絵麻を操っている。あれを切る」


 さっき近くまで近づいた時に分かった、というか魔素の流れを感じた。

 なんとなくだけど、多分間違いないと思う。


「あの距離まで近づいて切るつもり?」

「それしかない」

 

 それにこの局面。策を練っても仕方ない。というかそれでどうできるってもんでもない

 最後は正面突破の力押しだ。


「そんなの策じゃなくて特攻だろ、バカだね、お前」


 呆れたように七奈瀬君が言って絵麻の方を一瞥した。


「他人を助けるなんて無駄さ。どうせ失敗するだろうけど、好きにすればいい。僕は手を出さないよ」


 そう言って七奈瀬君が首を振った。


「まあ、あれを殺しても功績点にはならないだろうからいいけど……でもやるのは一度だけだ。

失敗したら諦めな。僕らが負けてここにダンジョンが形成されたり、野良ダンジョンが広がって人が死んだらまずいってことくらい、バカな君でもわかるだろ?」


 一度だけか。でもそうしかないなら、やるしかない。

 だけど……魔素を切るなんてことができるんだろうか。刀を握りなおした時。


「切れるとも、片岡殿」


 ふいに横から声が聞こえた


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